友人、というものについて思うこと

2018.05.25 Friday 02:11
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    ボクは今までに『親友』と呼べる人がいただろうか。などと、いい年齢になって思ったりする。

     

    現在は、今までに知り合った友人とは、誰とも交流がない。それにはいくつかの要因もあった。

     

    世の中には、『どうにもならないことがある』なんて、達観したようなことは、言いたくない。

     

     

    それでも、人との関係と築き、それを継続して行くことは、経験上、簡単なことには思えない。

     

    ボクは小学校2年で転校したので、隣に住む同い年の女の子、幼馴染とは自然に疎遠になった。

     

    転校先では、クラス変え毎に交友関係も変わって行く。社交的じゃない上に適応力もなかった。

     

     

    中学、高校では、いつも連んでいた仲間はいるにはいた。でも、彼らが親友だったと思えない。

     

    我が家は躾が厳しく、門限も5時だったので、楽しくなる前に帰宅することを余儀なくされた。

     

    単に『付き合いの悪い奴』という具合に、あからさまな『オミット』をよくされたりしていた。

     

     

     

    人のことを悪く言うことは避けたい。けれど、『いい奴』と思える人が仲間の中にいなかった。

     

    ボクは、バイトをしてレコードを収集していたので、多くの友人たちにレコードを貸していた。

     

    殆どがルーズな人で、その内、誰に何を貸しているのか把握出来なくなる、との状態に陥った。

     

     

    3年以上返ってこないものもあった。ある時、ボクは自分のレコードを1枚ずつ確認してみた。

     

    驚くことに、20枚近くがなかったのだ。覚えのある友人に片っ端から声を掛けて回収をした。

     

    中には、歌詞カードがグシャグシャになっていたり、ジャケットやレコード盤に傷があったり。

     

     

    この『物の貸し借り』を通し、ボクは人を信用するってことがどういうことか判らなくなった。

     

    ボクに『人を見る目がなかった』せいでもある。もちろん、ボクに落ち度がある場合もあった。

     

    それでも、一切の貸し借りをしないと皆に告げると、『ケチな奴だ』と言われるようになった。

     

     

     

    本当に信用出来る人がいなかったことは、いい年齢になってから、違和感と共に確信になった。

     

    学生時代と違い、それぞれ社会人になってからは色々とあるだろうし、関係性も変化してくる。

     

    やさぐれて『嫌な奴』になっていたり、いい加減な言動で人を振り回す人になっていたりなど。

     

     

    ボクが病気になった途端、皆、まったく寄り付かなくなった。その程度の関係でしかなかった。

     

    社会復帰で精一杯だったし、『友人』のあり方について考えないようになっている自分がいた。

     

    70過ぎた頃のタモリ氏曰く『友人はいらない』『面倒が増えるだけ』が額面通りかは不明だ。

     

     

    彼タモリ氏は、芸能界でもつるむ印象はない。決まった僅か『飲み仲間』がいるだけ、らしい。

     

    だが、ここ数十年、年末年始をタモリ宅で過ごす『草剛』を『親友だね』と照れながら言う。

     

    年齢を越え、『他人には知り得ない何か』があるのだろう。素敵な関係性を築ける『何か』だ。

     

     

     

    そのような関係は素敵だと思う。出逢いも別れも必然で、自分という人間の在り方にも思える。

     

    そこで、先日、敬愛する『井上堯之』氏の訃報で、小中学生の頃に親しかった友人を思い出す。

     

    彼は、『伊藤』君。太っていて、いつも穏やかで、優しく、誰からも嫌われることがない人だ。

     

     

    ボクは彼が4年生の時に転校して来たその日にいじめた。ボクは人と仲良くなる術を知らない。

     

    それは、現代の陰湿なものではなく、色々プロレス技を仕掛けただけの、ただのジャレ合いだ。

     

    ボクらは本気で組み合う中で、通じるものを感じ、その日からいつでも一緒にいる仲になった。

     

     

    彼は親が離婚をして、再婚同士の親と一緒に転校して来た。静岡に姉がいるとも教えてくれた。

     

    そのことはボクだけに話す秘密だと言っていた。小学生にとっては、ある意味、深い話だった。

     

    複雑な家庭事情から、彼は謙虚でいつも優しかったのだろうか。いや、彼本来の資質だと思う。

     

     

     

    彼の両親は雇われで米屋をやっていたので、お互いに一人だったから、二人は彼の家で遊んだ。

     

    殆ど物が何もない部屋で、メンコや相撲など物質的には貧しい遊び。二人きりでも楽しかった。

     

    そんな彼と共通点は音楽だった。彼は自己主張をまったくしないが、音楽の好みは最高だった。

     

     

    彼の家は経済的に厳しい環境だったので、レコードをそんなに買えないから選択は慎重だった。

     

    その彼の選択は秀逸だった。カーペンターズを最初に聴かせてくれたのも彼。小学生の時の話。

     

    殆ど誰も知らないような『井上堯之』のソロ・アルバムには、泣きそうな程に感動したものだ。

     

     

    高校で別々になり、会う機会も激減し、親の仕事の事情で突然引っ越していたのを後に知った。

     

    30歳過ぎた頃に、彼と思われる人から電話があったが、母が勧誘と間違えて切ってしまった。

     

    数年前に再発された『井上堯之』氏のアルバムを最近よく聴いている。人柄がにじみ出ている。

     

     

    この年齢になり、未だ人との関係を築けない。今は『寂しい』との感情も思い出せなくなった。

     

     

    友人関係って何なのかまったく判らない。けれど、彼がボクの親友だったことは確かだと思う。

     

     

    彼の部屋が鮮明に蘇る、『井上堯之』氏のアルバムの中で最も印象的な曲『一人』を聴きたい。

     

     

     

     

    この唄は、萩原健一と水谷豊による、伝説のドラマ『傷だらけの天使』の最終回で流れる。

     

    水谷演じる『アキラ』が風邪をこじらせ死んだ遺体を萩原演じる『アニキ』が捨てに行く。

     

    リヤカーに『アキラ』を乗せ、東京のゴミ捨て場である『夢の島』に運ぶシーンで流れる。

     

    伊藤君。いや、『イドじゃん』ボクがつけたあだ名。中学生のボクに名曲を教えてくれた。

     

     

    余談だが、本編では井上堯之バンドがゲストヴォーカルを迎えたヴァージョンを使用した。

     

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    後悔のない死へ向けて生きている

    2018.05.22 Tuesday 12:55
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      ボクは生まれて生きている間のほぼ99%は『健康』とか『娯楽』とかと無縁であるようだ。

       

      母のお腹の中で『子供か母親、そのどちらも助からない』可能性を医師に宣告されたそうだ。

       

      母が重い妊娠中毒症になり、未熟な状態で予定より早く生まれ、親子で入院していたらしい。

       

       

      そのせいか、ボクは、小さく痩せて、幼少期から体が弱かった。年中熱を出したりしていた。

       

      予定日が4月だったのを3月初旬に産んだことで、同い年の子と比べ、すべてで遅れていた。

       

      幼馴染の忍ちゃんは、前年の4月生まれで、同じ学年なのに、お姉さんと弟みたいに違った。

       

       

      それに起因しているかは判らないが、体調不良を無理に我慢し、保健室の常連になっていた。

       

      物心ついた頃から自律神経失調症で、外、自宅以外では食事も出来ず、睡眠も取れなかった。

       

      修学旅行などは地獄のようだった。中学の林間学校では熱を出し、登山出来ず寝込んでいた。

       

       

       

      食も細く、好き嫌いも多く、給食の時間後の昼休みも残され、教師に食べるよう強要された。

       

      病弱だからこそ、我慢することが常だった。39度の熱で這うように中学に行き、倒れたり。

       

      社会に出てもそれは変わりなく、他人に悟られないよう『無理』をすることが習慣になった。

       

       

      19歳の時の、不運な事故に遭遇した後も、学生と主夫を掛け持ちし、心身ボロボロだった。

       

      元々社会に適応出来ないのに、社会復帰してからの方が大変だったと今しみじみ思い起こす。

       

      無理と我慢を続け、働けなくなった。人は比べられない。ボクが甘いだけなのかもしれない。

       

       

      離職後、10年弱入退院を繰り返す父の死と入れ違いに、母が倒れて、途切れない介護生活。

       

      自分自身も病気を抱えて日常生活もまともに出来ないままの介護は、想像を絶していたのだ。

       

      生活に支障のある人間関係は、止むを得ず断ち切るしかない。人との関わりが一切なくなる。

       

       

       

      生きている間の苦しみや辛いことばかりはっきりと覚えていて、『楽しい』は薄れ行くのみ。

       

      恋愛経験もなく、『結婚をしてはいけない』人間だと思っていた。それ以前に『縁』もない。

       

      そんなこんなで、ここ十数年、数々の総合病院でどれだけ『検査』したか。色々あり過ぎた。

       

       

      大量の血液検査、レントゲンもMRIもCTもエコーもたくさん受けた。具体的に何も判らない。

       

      身体中に力が入らなくなり『神経内科』で『ギランバレーの可能性』と曖昧な診断もあった。

       

      喘息の発作で夜中にステロイド点滴を受けたり。激しく低下する体力は精神力でカバーした。

       

       

      まあ、何で苦しみしかないのに生きているのか。なんて、考えると混乱するだけだと思える。

       

      気がつけば自分もそれなりにいい年齢になり、『死』について多角的に考えることが増えた。

       

      自分の中では、『死の準備』と称して、『いつ死んでも悔いは残さない』ように生きている。

       

       

       

      幸いなのか、ボクは家庭を持っていないし、子供もいない。そういう意味では荷は軽減する。

       

      死生観や宗教的な発想はある頃に捨てた。葬儀もいらないし、墓に入らなくていいとも願う。

       

      この世に、ボクは『存在しなかった』ことにしてくれたなら、とてもありがたい、のである。

       

       

      生きることは『時間』の積み重ねだ。時はやってくると同時に去って行く。永遠、繰り返し。

       

      忙しく過ごそうとのんびり過ごそうと、時間は皆、平等。だからこそ生き方が大切に思える。

       

      生きれば生きる程に、生命の素晴らしさを知る。苦しみもその一部に捉えらればいいことだ。

       

       

      生きることにおける『時間的概念』なんて答えはないもの。長生きがいいとも思っていない。

       

      ボクは忍耐だけは強い。気を失う寸前まで、平然を装える。自慢にもならないことが自慢だ。

       

      座右の銘など大それたものはない。敢えてカッコつければ『人に優しく、惜しみなく愛を』。

       

       

       

      このような『戯言』ばかり言うだけなら、誰かを傷つけたり、貶めたりはしないと思うのだ。

       

      だから、ボクは、戯言でもいいから、『愛』だけはいつでも見失わないように生きていたい。

       

      自分に出来ることは『惜しみなく』やりたいし、それに感謝し、死ぬ時に、悔いを残さない。

       

       

       

      そういうことを冗談ぽく母に笑顔で言うと、『そんな悲しいことは言わないで』と言われる。

       

      ある人に『もういつ死んでもいい』と言ったら、『長生きしてください』と優しく言われた。

       

      ありがたいことだ。こんな人間に『言葉をかけてくれる』のだ。ただただ、感謝するのみだ。

       

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      肌に馴染む、シャツの心地良さ

      2018.05.21 Monday 12:30
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        どんなにオシャレな服でも、自分には相応しくないものがある。単純に似合わないとか。

         

        結局、タンスの奥から引っ張り出した『着慣れた』少しヨレたシャツが心地良かったり。

         

        分相応とかではなく、『自分の感じる心地良さ』って誰にでもあるような気がするのだ。

         

         

        これは、服の話だけでない。『肌に馴染む』=『心地良さ』=『心の感じ方』でもある。

         

        ここ数年、ボクもそれなりにいい年齢になって、『馴染む』ことの大切さを感じている。

         

        服に関しては、高校生の頃からほぼ着る物には一貫性がある。柄も色も好みがブレない。

         

         

        少し視点を変えれば、時代に左右される『流行、廃り』からは、常に距離を置いている。

         

        それは、趣味にも共通しているようなことを最近、感じるのだ。音楽や映画や書物など。

         

        特に、音楽においては、好みの視野が広がる一方で、草の根分けて、常に探索し続ける。

         

         

         

        ボクは、洋楽も邦楽も分け隔てなく好み、高校生の頃にはジャズにのめり込んで行った。

         

        そこからは、芋ずる式に『出るわ、出るわ』の大騒ぎ。新しい地平にはまた新たな発見。

         

        そんな具合で、ジャンルを越え世界中を音楽で旅する。魅力的な人や音にあふれている。

         

         

        アフリカ。中国。インド。中近東。南米。ヨーロッパ。民族衣裳のような『肌の質感』。

         

        クラッシックも現代音楽も民族音楽も、根っこは一緒だ。『心で心地良く感じるか』だ。

         

        時代の変遷は目紛しく、音楽も様変わりした。そこには、根っこのない弱いものもある。

         

         

        それらは、いつでもどこも同じような選曲をするラジオで垂れ流しされ、そのまま放置。

         

        ならば、自分で探すしかない。やはり最終的に『心地イイ』のは、『肌に馴染む』もの。

         

        ベテランに過去に魅せられた現役の人が多い気がする。今の音楽は先細りの刹那的商売。

         

         

         

        ここ十数年、長らくレーベルとの契約がなかったベテランの新作に触れることが増えた。

         

        それを『ノスタルジア』で片付けるのは惜しい。単なる懐古ではなく、実力が衰えない。

         

        凄い人は『素晴らしい』のだ。その人が積み重ねた経験が活かされているのだから、だ。

         

         

        年齢にすれば、60〜70代。1970年代前後に活躍し、今でも、現役感バリバリだ。

         

        中には、『昔の名前で出ています』的な、『過去の焼き直し』で同窓会に甘んじる人も。

         

        その中で『本物』を提示されると、ただ『脱帽』するしかない。過去でなく、今なのだ。

         

         

        つい昨日届いた。『ダニー・コーチマー』という人の約40年振りの新作は素晴らしい。

         

        半世紀近く、苦楽を共にした仲間たちがバックアップする。皆それぞれに魅力的なまま。

         

        リー・スクラーのベース。ラス・カンケルのドラム。もう、唸るしかない鉄壁のリズム。

         

         

         

        まさに『肌に馴染む』音であふれている。コンピュータ類を一切排除した生演奏の極意。

         

        人に心地良さをもたらす『揺らぎ』が満載だ。ギターの音に『嘘』はなく、歌っている。

         

        もうボクは、その音に身を委ねるだけだ。今は、刺激よりも心地良さが必要なのである。

         

         

        新しいシャツも気分転換に着る。それでも、肌に馴染んだ少しヨレたシャツは心地イイ。

         

         

        ただ、新しいシャツは、素材も悪く、すぐに役に立たなくなる場合が多いのは否めない。

         

         

        これは、今回の新作のメンバーによる最近のライブ。音は劣悪だが、間は、肌に馴染む。

         

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        ジュリー、唯一無二のスターアイドル

        2018.05.20 Sunday 08:18
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          ボクは、子供の頃には、いつも『ひとり』で過ごしていた。『一人』『独り』そのどちらも。

           

          いわゆる鍵っ子で、保育園の頃から家の鍵を首から下げ、黙ったまま、一人遊びをしていた。

           

          生活にゆとりのある家庭ではないので、おもちゃなどは、ほとんどなく、時間だけがあった。

           

           

          子供らしさも可愛げもなく、大人の顔色ばかり伺うボクは唯一、絵を描くことが好きだった。

           

          その頃には、いわゆる『妄想』をすることで、どこか違う世界に自分を放り投げていたのだ。

           

          自主性のない現実逃避する子供で、もし音楽に出逢っていなければ、どうなっていただろう。

           

           

           

          そんなボクは、小学生のある日、ラジオから流れてきた唄に、経験のない衝撃を受けたのだ。

           

          兄が留守の時に、黙ってカセットテレコを拝借して、ラジオから流れる、その唄を録音した。

           

          それが『沢田研二』の『追憶』だ。この出逢いをきっかけにボクは音楽という現実に向かう。

           

           

          その『追憶』という唄には、一撃でノックアウトされた。何度も何度も再生して聴き惚れた。

           

          安物のカセットテープの籠ったの音にも関わらず、そこから放たれる魔法で心は解放された。

           

          その出逢いの直後、小学生のボクは、『ビートルズ』にさらなる衝撃を受け、扉は開かれた。

           

           

           

          ジュリー最大の魅力は、声、歌唱、表現力に匂う色気。非の打ち所がないスターアイドルだ。

           

          だが、彼は欧米のロックやソウルに魅せられ、根っこは相当尖っていたと当時を語っている。

           

          そんなことは子供には判らなかったが、今こうして聴いてみると『根っこ』は嘘をつかない。

           

           

          今でも全盛期だった70年代の頃のジュリーの唄を網羅したベスト盤は、少しも色褪せない。

           

          どれを取っても名曲の数々。特に大ヒットした『勝手にしやがれ』以前は、目眩がする程だ。

           

          あの曲が売れに売れ、その後は商業路線に走り、迷走し、やがて80年代後半に急失速した。

           

           

           

          それでも今、商業的な『ジュリー』を観ても、桁外れに『カッコいい』ことには違いはない。

           

          歌番組の伝説でもある『夜のヒットスタジオ』における表現は、今時のアイドルとは異質だ。

           

          敢えて断言してしまう。あれ程にあらゆる要素に秀でたアイドルは、後にも先にも観てない。

           

           

          昨今『プロダクション』『プロデューサー』に作られた『規格品』のように見えるアイドル。

           

          個人の才能とか個性とかが、引き出される場合もあるし、ない場合もある。生き残り商戦だ。

           

          その『プロダクション問題』で解放されたり、消されたり、側から見て大変な商売だと思う。

           

           

          まあ、昭和愛好家であるボクの言うことなど信用しない方がいいし、こんな話に中身はない。

           

          先日、その『夜ヒット』における『ジュリー』の映像を発見した。でも、後期のものばかり。

           

          頂点から徐々になだらかに下降していく様が観て取れる。ボクの観たいのは、これじゃない。

           

           

           

          小学生のボクをノックアウトした名曲『追憶』。この頃の曲はどれも素晴らしかったのだ。

           

           

           

          探せばあるもので、ボクがジュリーの虜になった時代の曲が断片的にだが網羅されていた。

           

           

          先日、ジュリーの全盛期を支えた『井上堯之』氏の訃報に触れて、切なく思い出したのだ。

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          恋も笑顔も、人を幸せにしてくれる

          2018.05.17 Thursday 12:22
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            幼少期から『人見知り』で思春期には女性と話も出来なかった。特に中2の時、女子との会話ゼロ。

             

            ので、相当に『無愛想』な顔をしていたんじゃないかと思う。ある意味、中2の最低な記録は凄い。

             

            だが、色々なことを経て、社会に出て、『愛想』というあり方を知った。実に便利で、都合がいい。

             

             

            訓練したり、その気になれば仕事で演じるような愛想もあるので、その類はある意味勉強になった。

             

            だが、年齢と共に強く感じることは、『心からの笑顔』の大切さだ。『人柄』が滲み出る穏やかさ。

             

            人の心が見えるのか。なぜ『心から』って判るのか。ボクの語彙が乏しいので、他に形容出来ない。

             

             

             

            それでも、こちらの心が『ほっこり』する笑顔は、瞬時に感じることが出来る。人柄の良さだろう。

             

            大人の社会では、人によって色々と別の顔を使い分けられる人がいるのを、何度も見た経験がある。

             

            単純に『凄いな』と思う。ボクには出来ない。世渡りが下手でもいい。そういう愛想ではないのだ。

             

             

            自然に頬が緩み、口角が上がり、柔らかい『笑顔』が、穏やかで朗らかでじわっと沁みる人がいる。

             

            そういう人に接すると、こちらも『笑顔』になる。ボクもそのような人でありたいと心掛けている。

             

            これは『啓発セミナー』とか『研修』とかでは身につかない。日々培う『生き方』次第だと思える。

             

             

             

            ボクは昨年末、とある店に行き、そこで働く女性に一瞬で『恋』をした。まさに、一目惚れである。

             

            その人は、その『佇まい』全体から放たれる『空気感』が、笑顔でいっぱいの人柄溢れる人だった。

             

            人と接する際に、『パーソナルエリア』内で一番大切なのは、『共有する空気感』の心地がいいか。

             

             

            それは、凡その場合、最初に逢った瞬間に直感で判るものだ。その直感に『シンパシー』があるか。

             

            一切の不快感もなく、むしろ『愛しく』想えてならない。そんな人との出逢いはそうはないだろう。

             

            恋する相手の笑顔は、こちらにも『笑顔』を生み出してくれ、それが感謝に繋がる、『愛』なのだ。

             

             

             

            日常がどんなに辛いことや苦しいことであっても、その人の存在を感じるだけで、安心が生まれる。

             

            まるで少女漫画の様に、瞳の中に星が輝く。それを『気持ち悪い』と言われようが少しも構わない。

             

            あの『恋する世界』の素晴らしさを言葉に置き換えることは野暮に思える。その野暮がボクなのだ。

             

             

            人との出逢いは、偶然ではなく、すべて必然だと思っている。その日、その店に行ったのも必然だ。

             

            それまで幾度も恋をしてきた。そのどれもが『記憶』として、色褪せることなく心に存在している。

             

            そこに新たな『恋』が煌めきを放ち、心を広げる。ボクの恋の記憶は、女性の『笑顔』でいっぱい。

             

             

             

            恋の成就は一度もしていないので、『片想い』を『愛』に昇華することに関しては、経験を重ねた。

             

            空気感の共有は、ほぼ3ヶ月で終わった。その人がお店を辞めたからだ。恋が終わった訳ではない。

             

            ただ、会えなくなっただけであり、ボクの心のフィルムには、その人の笑顔が焼き付けられている。

             

             

            限られた回数しか会っていないし、時間にすれば、とっても短い。お店の店員さんと客なのだから。

             

            それでも、交わした言葉の魅力は深く、その女性の透明感のある美しい声とともに鮮烈に刻まれた。

             

            例えば今この同じ空の下。どこかにその人がいて、ボクは、柔和な『笑顔』を想像し、元気になる。

             

             

             

            それだけでも幸せなことだと感謝してしまう。数千、数万の人とすれ違ってきた見知らぬ人々の中。

             

            ボクがその人に出逢ったことも、言葉を交わしたことも、笑顔に触れたことも、すべてが感謝、だ。

             

            目を瞑れば『君がいる』のだ。『よろしく哀愁』である。まさに『逢えない時間が愛育てる』のだ。

             

             

            遠い恋は『思い出』になりつつある。でも、この恋は『同志』の如く、永遠に大切な『礎』である。

             

            ここ数ヶ月は相当に参っているはずのボクが、手のひら返したように気力を生むのは、愛の賜物だ。


            そこには、『笑顔』という、『最高の贈り物』があったお陰だ。感謝しても、しきれないのである。

             

             

            この世には、その人は一人しか存在しない。たった一人の人に恋をするから、素敵なのだと思える。

             

             

            このまま、二度とその人に逢えないとしても、ボクの心では、様々な形で『愛』は育まれるだろう。

             

             

            今のボクはその人に逢う以前のボクでなくその人に恋をして以後のボクであることが、生きる証し。

             

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            相当に、参っているようだ

            2018.05.16 Wednesday 04:56
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              毎晩、毎晩、欠かさず凄まじい悪夢を見る。

               

              精神的に追い込まれたり、惨状が起きたり。

               

              なかなかそこから抜け出せずに、苦しみ続ける。

               

              やっと目が醒めると、耳鳴りが最高潮に達している。

               

              頭蓋骨全体が、グワングワン轟いていて、それは拍動性。

               

              頻脈になった脈に合わせて、激しいリズムを伴う。

               

              動悸がすごいので、グワングワンの轟も凄い。

               

              気分が悪かったり、軽い吐き気を伴ったり。

               

              目が覚めても、体が動かない。動けない。

               

              しかも、夢の内容を詳細まで覚えている。

               

              まるで、恐怖映画の様に、映像まで覚えている。

               

              時には、放たれた言葉まではっきり覚えている。

               

              そういうのを『悪夢障害』というらしい。

               

              不安や過度のストレス、心的外傷性体験、トラウマなどによるらしい。

               

              そのどれも当てはまる。

               

              日々、不安を抱え、ストレスを溜め込み、心的外傷性のトラウマが消えない。

               

              日を追うごとに、精神的にも肉体的にも、ダメージを受け続ける。

               

              気力を振り絞って、やることに追われても、やることは増える一方だ。

               

              内心『もうダメかもしれない』と諦めかける自分との不毛な戦い。

               

              日々、『参っている』度合いが増して、耐性もついているようだ。

               

              それでも、同じような区切りのない日々は、生きた心地もしない。

               

              これは弱音じゃない。愚痴でもない。ただの自己確認に過ぎない。

               

              category:試練 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

              ちょっとした疑問、かなりの違和感

              2018.05.14 Monday 04:55
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                個人的にはまったく興味がない人である、『加山雄三』のデカイ船が炎上したそうだ。

                 

                テレビ画面の中でその件について、憔悴した感じで本人がコメントするのを見たのだ。

                 

                芸能ニュース自体興味ない。普段なら聞き流していたか、ただの情報でしかなかった。

                 

                 

                だが、ボクには、とても違和感を抱く言葉を彼が吐いたことがとても気になったのだ。

                 

                彼にとっては『愛する』ものだったかもしれないが、庶民にはまったく縁のないもの。

                 

                それを失い『自分の半身を失ったよう』と表現したことに、ボクは強く疑問に感じた。

                 

                 

                この人は、『本当に自分の半身を失うということをどう捉えているのか』という疑問。

                 

                彼にとってどれ程に悲しいことが起きたか、知る由もない。その人自身の問題である。

                 

                だが、実際に半身を失い、絶望したり、それを受け入れている人が存在している事実。

                 

                 

                 

                この心情表現に、その人の生き方が見える気がする。言葉には、そのような力がある。

                 

                世の中では、人知れずに予想を超える悲しい出来事が起きていることだろうとも思う。

                 

                表現として『無神経』にも思える発言になぜ誰も疑問を持たなのだろうかと謎だった。

                 

                 

                人が一度放った『言葉』は、『なかったこと』には出来ない。ボクも相当バカをする。

                 

                いい年齢になり、名も知れた人の発言には、不快な気分になった。これはボクの問題。

                 

                差別用語に過敏で、様々なハラスメントに敏感に反応するメディアが、平気で流せる。

                 

                 

                通信拡散。匿名性。人が誰かを平気で攻撃し、節操も節度も失った現代を生きている。

                 

                閉塞感でいっぱいなこの『窮屈な時代』に馴染めないボクの方がオカシイのだろうか。

                 

                まあ、右から左に流せばいい。でも、人としてとても大切な問題にも思えてならない。

                 

                 

                category:雑感 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

                ゴミになる物をまだ大事に取ってある

                2018.05.12 Saturday 08:35
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                  それは、昨年の秋のこと。ボクは山手線の主要駅に繋がる私鉄のホーム、担架で運ばれた。

                   

                   

                  山手線の大きな駅には、多くの私鉄が放物線を描くように乗り入れている。

                   

                  その内の一つの私鉄沿線に住むボクは、その大きな駅に向かっていたのだ。

                   

                   

                   

                  幼少期から抱えていた自律神経失調症が、心的外傷後ストレス障害により悪化した。

                   

                  それで『心身症』や『うつ』などを抱え、特に『不安障害』に苦しむようになった。

                   

                  普段と違うこと、特別なことなどを行う際に、急激な激しい下痢や吐き気を起こす。

                   

                   

                  同時に、『適応障害』も抱えているので、もう『何がどう』って説明のしようがない。

                   

                  特に、どこかへ公共の電車やバスなどを利用して出かけなければいけない時に起こる。

                   

                  プライベートな環境の自家用車で出掛ける時には、まったく『平常』でいられるのに。

                   

                   

                  出掛ける際、『電車に乗らなければいけない』と思っただけで、モノの10秒も掛からず起こる症状。

                   

                  その瞬間まで何でもなかったのに、急に水のような下痢を繰り返し、同時に吐き気が止まらなくなる。

                   

                  涙を流しながら、えずき続け、時には嘔吐する場合もある。それが更なる『予期不安』を呼び起こす。

                   

                   

                   

                  それは、会社での人間関係で悪化した。会社を辞める前の数年間は地獄のような通勤を余儀なくされた。

                   

                  1日平均乗降者数が日本一、350万人という新宿駅が会社の最寄駅であり、まさに地獄へ通っていた。

                   

                  時には、無数の人が行き交うホームの端に横たわっていたこともある。誰も知らない顔して通り過ぎる。

                   

                   

                  父が倒れ、死に、母が倒れ、介護に追われる日々の中。それらの症状は更に悪化の一途を辿った。

                   

                  で、ここ数年、母がかなり回復し、週1回デイサービスに通うようになり、ボクはリハビリをすることにした。

                   

                  で、昼間の空いた時間帯に電車に乗って、私鉄の終着駅である、とある都心の大きな駅に向かう。

                   

                   

                   

                  途中でダメなら、引き返すこともあるが、何度も途中下車したりを経て、徐々に耐性も出てきたりしていた。

                   

                  ところが、昨年の秋のある日。電車に乗った途端に、不意に『得体のしれない不安』に襲われたのだ。

                   

                  次第に気分が悪くなり始め、それでも扉脇の一番端の座席に座っていたので、耐えて見ることにした。

                   

                   

                  だが、何度も吐き気を堪えることを積み重ねてきたボクでも『どうにもならない』くらいに苦しくなった。

                   

                  終着駅までは後3、4駅になった処。『急病人が出た為に緊急停車します』というのだけは避けたかった。

                   

                  必死に堪えたが、最後の駅を出たところで、堪えきれずに、ボクは床に倒れ、半ば意識が朦朧としていた。

                   

                   

                  すると、目の前にいたスーツ姿の営業のような若い男の人が『大丈夫ですか?』と声を掛けてくれた。

                   

                  そして、その人の部下らしい若い女性が自分の鞄からペットボトルの水を手渡してくれた。

                   

                  数十秒だったのだろうが、ボクには永遠に終わりないように感じた中で感謝の言葉を何度も言った。

                   

                   

                  で、終着駅に着いたらすぐにその男の人の『駅員さんを呼んできますから安心して下さい』と声を聞いた。

                   

                  側には、水をくれた女性がいてくれた。他の乗客の靴は、ボクを避けるように目の前を通り過ぎて行った。

                   

                  やがて、意識が遠のきそうな状態で担架に乗せられてユラユラ運ばれ、気付いたら駅員室のベッドにいた。

                   

                   

                  駅員が事務的に『救急車呼びますか?』と聞いてきたが、『たまにあるので、少し休めば大丈夫です』と答えた。

                   

                  自分のことは自分が何度も経験しているのだ。『これくらい、大丈夫』と余計に面倒になることは避けたかった。

                   

                  女性のくれた水で頓服薬を飲み、1時間半くらい横になっていたら、何とか歩けるくらいに回復したので帰った。

                   

                   

                   

                  こんな『東京砂漠』にも、『いい人』はいる。ボクは感謝しても仕切れない程に声を掛けてくれた人に感謝した。

                   

                  何とか家に戻れた途端、『安心』を手にすれば、すっかり回復する。それが『不安障害』の厄介なところである。

                   

                  誰とも知れない人の誠意に触れて、手渡してくれた『南アルプスの天然水』のペットボトルを今でも持っている。

                   

                   

                  ボクは、人の『誠意』や『悪意』などの『言葉』『行動』は『その人がどう生きてきたか』の具現だと思っている。

                   

                  日常のほんの些細なことであっても、人は常に『自分を表現している』ことで、『人柄』が見えたりするものだと。

                   

                  世の中には『いい人』もいれば、『悪い人』もいる。でも人を『いい、悪い』だけで単純に区分するものじゃない。

                   

                   

                  そのどちらでもない『普通の人』が圧倒数を占めているようにも思っている。あらゆる事象でそれは顕著に見える。

                   

                  まあ、そんな話はどうでもいいことだ。ボクは『自分がいい人か、誠意があるか』を常に気にしている訳ではない。

                   

                  肝心なのは、日々刻々あらゆる選択によって、『人は試されている』と感じながら、瞬時に自分を示すようにする。

                   

                   

                  それをあの秋の日の出来事で再認識しつつ、ボクはそのペットボトルを捨てられずにいる。たかが物されど物、だ。

                   

                  人は特に現代社会においては、生活の中で絶えず『ゴミ』を出し続けている。それは留まることを知らないようだ。

                   

                  ボクも日々、ゴミを生み出す人間である。でも、ゴミになる物であっても、ほんの些細な『誠意』を捨てられない。

                   

                   

                  category:生活 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

                  油断していたら、また堕ちてしまった

                  2018.05.10 Thursday 12:52
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                    精神的にも肉体的にも、ずっと不調続きで、この十数年間気分が晴れる瞬間がまったくない。

                     

                    それに慣れるということもない。辛さや苦しさには『いいこと』など一つもないものである。

                     

                    だが、慣れなくても、いいことがなくても、そこから『何かを感じる』ことはたくさんある。

                     

                     

                    今も愚かに違いないが、今以上に愚かだった頃には、平気で友人に愚痴を言ったりしていた。

                     

                    でも『愚痴は所詮、愚痴』なのであり、相手が忍耐強く聞いてくれていることを忘れられる。

                     

                    それに愚かな自分は平気で『甘え』を手に入れていた。自分以外の人のことを考えていたか。

                     

                     

                    一人、眠ることも出来ずに思考ばかりが巡ると、色々なことを思い出したり、思い返したり。

                     

                    今現在、ボクが誰とも関わりのない暮らしをしていることには、それなりの理由があるはず。

                     

                    テレビやラジオ。特にCMなどから、『幸せ』『家族』が目立って心の襞に入り込むようだ。

                     

                     

                     

                    家族も友人もなく、誰もとも関わりなく、日々やることに追い込まれ、問題は山積する一方。

                     

                    何が『幸せ』なのか。『家族』って何なのか。考えても意味がない。判らないものだからだ。

                     

                    なのに、心のどこかでは、そういうものに対する『喪失感』をいたずらに抱えていたりする。

                     

                     

                    心身共に『力』が不足していると、踏ん張ることが出来ない。ふと油断したら、また崖の下。

                     

                    先日、ありったけの力を自分の中に集めて、少しでも平穏な場所に戻れるよう、登り始めた。

                     

                    でも、あっさりと足を踏み外して、また崖の下に堕ちてしまった。疲れて、半ば諦めている。

                     

                     

                    体の不具合は治る気配がない処か、余計に悪化し、それを精神力で補い続けることに疲れた。

                     

                    楽になれるなら、楽になりたいが、それが『死』だとも思えない。宗教的発想は今は無力だ。

                     

                    曖昧な死生観も風に舞う枯葉のよう。人が死ぬことは実に簡単だ。簡単だから尊いのだけど。

                     

                     

                    これは、ただの独り言だ。或いは自己確認。頭が痛い。頭痛だ。何が何だか。よく判らない。

                     

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                    褒められるって、やっぱり嬉しい

                    2018.05.08 Tuesday 09:11
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                      ボクは、子供の頃から人の顔色を伺いながら、『ひっそり』存在を消して生きていた。

                       

                      父に『怒鳴られ』『貶され』続け、物心ついた頃から大人が怖く、信用しなくなった。

                       

                      ので、一人遊びを狭い部屋の隅でしていた。気づいたら、絵を描くことが好きだった。

                       

                       

                      新聞チラシの裏に、鉛筆で描いた。主に描いていたのは、『漫画』のキャラクターだ。

                       

                      漫画本など持っていなかったので、たぶん記憶とか想像で描いていたんだろうと思う。

                       

                      だいたい、『巨人の星』『明日のジョー』『タイガーマスク』ばかり描いていたのだ。

                       

                       

                      親に見せたりはしなかった。『どうせ貶されるだけだろう』と卑屈に思っていたのだ。

                       

                      でも、我ながら『うまいな』と密かに思っていた。『自画自賛』はその頃身についた。

                       

                      だが小学6年の時、鉛筆で描いた『ポール・マッカートニー』の似顔絵を母に見せた。

                       

                       

                      図工で習っもない陰影をつけ写実的に描き、我ながら『素晴らしい』と思えたからだ。

                       

                      その時、初めて母親に褒められた。褒められた経験のないボクは相当に浮かれたのだ。

                       

                      何事も貶され続けてきた幼少期。初めて、人に褒められることが『嬉しい』と感じた。

                       

                       

                       

                      そうして大人になり、地味に音楽を一人でやっていた。自室での、いわゆる『宅録』。

                       

                      それは中学生の時からやっていたが、協調性のないボクは、高校で部活を初体験した。

                       

                      フォーク全盛の終焉期。生ギターを弾き唄う部活。殆ど女子で、部員数自体多かった。

                       

                       

                      活動は、放課後、視聴覚室。理科室とか書道室とかだけがある、裏手にある別棟校舎。

                       

                      新設校だったので、校舎はとても綺麗だった。廊下や階段でギターを弾き唄う自由さ。

                       

                      ボクは、特に『男子トイレ』で唄うのが好きだった。無駄に広く、気持ち良く響いた。

                       

                       

                      変声期の時に、声帯を痛めて、ボクは喋るだけで声枯れがするくらいに喉が弱かった。

                       

                      思うように歌えないストレスを抱えていたから奇跡的に喉の調子がいいと唄いまくる。

                       

                      高校時代は、ボクが唯一『健康』でいられたごく短い期間。それを有意義に過ごせた。

                       

                       

                       

                      自慢してもいいと思うが、中高の時、唯一『モテ期』だった。なぜか女の子にモテた。

                       

                      文化祭での部のコンサートで出待ちの後輩の女の子に握手を求められ、しどろもどろ。

                       

                      まあ、ほんの短い人生最高の時だったので、思い出して、ニヤケてもいいと思うのだ。

                       

                       

                      高3の或る日、自分の部屋で何気なく歌ったら、想定外に、喉の調子が良い日だった。

                       

                      即46分テープを用意し、安物のマイクをセットし、一気に10曲を唄い録音をした。

                       

                      物持ちのいいボクはそれを今でも保存していて、数年前デジタル・データに落とした。

                       

                       

                      ボクは、何の目的もなく、自己満足で、自分の演奏を『YouTube』にアップしている。

                       

                      が、しかし、誰も聞いちゃいない。まあ、大した演奏でもないし、それはそれでいい。

                       

                      誰も聞いちゃいないのだから、その高3の時の録音からミスのない3曲もアップした。

                       

                       

                       

                      そこで驚いた。ギター演奏は不人気だが、その唄を褒めて下さる人がいたりするのだ。

                       

                      先日もお褒めのコメントを頂いた。やっぱり褒められると嬉しいものだ、とニヤケる。


                      ボクは、致命的な喉の弱さを言い訳にしているが、唄うことがこの上なく大好きのだ。

                       

                       

                      昔から、誰かの真似が好きじゃないし、自分の個性として表現に根拠ない自信がある。

                       

                      どんな表現、唄い方やギター演奏も自分そのもの。練習や努力嫌いも個性の内とする。

                       

                      昔の唄を褒めて下さるだけで喜んでいいと思う。『自画自賛、自己満足』でいいのだ。

                       

                       

                      通信で繋がっているとの話とは別の次元で、聴いて下さるだけで、感謝するのである。

                       

                       

                       

                      この拓郎の唄は高校のトイレでよく絶唱していたなぁ。無駄に広いトイレを思い出す。

                       

                       

                       

                       

                       

                      今も唄いたくて堪らない。でも、ここ十数年はほぼ唄っていない。そんな状況でもない。

                       

                      てな訳で、昔の自分に勇気をもらうことがあったりする。自己完結であってもいいのだ。

                       

                      望むのは自由だが、望んでも到底叶わないことがある。それを受け入れることが大切だ。

                       

                       

                       

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