生命に、愛しさに、感謝をする

2018.06.06 Wednesday 17:27
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    ボクは子供の頃から『生き物』に興味があった。興味の根源は、多分『生命』だったと思うのだ。

     

    一体、『命』って何だ?との漠然とした疑問から、あらゆる形態の違う生命に興味を持っていた。

     

    まあ、昭和の子供の最初に通る道。それは、『昆虫』である。あの頃は数多の虫が存在していた。

     

     

    夏の季節。網戸には無数の虫がたかっていた。中には、カブトムシもクワガタも自然に混在した。

     

    今時のように『生き物を買う』という発想がなかった。身の回りで、無数の生命と共存していた。

     

    そのせいか否か、ボクは未だに『ペット』という感覚がない。生き物との共存。ギブ&テイクだ。

     

     

    十数年前に、『アニマルセラピー』なる都合のいい言い訳の元、ボクは生き物を飼い出したのだ。

     

    まずは、『熱帯魚』に始まり、やがて『ハムスター』に及ぶ。で、今は『鳥』と共生をしている。

     

    独身。交友関係なし。となると、『懐く』生き物が恋しくなる。これは、人の傲慢な欲望になる。

     

     

     

    人間も含め、生き物との共存はそう容易くない。『癒しが欲しい』とか『欲望』で成り立たない。

     

    そこには『命』の営みがあるのだから。それは自分の欲や損得だけでどうにかなることではない。

     

    それを生きている間に、どれだけ知り得るだろうか。誰も教えてくれない。見なければ済む話だ。

     

     

    一昨年の暮れに、ボクはつがいの『カナリア』と生活を始めた。見た目も鳴き声も、綺麗である。

     

    だが、彼らにも生命の営みがある。翌年の春に、卵を3つ産んだ。その内、一つだけ雛が孵った。

     

    だが、翌朝、その雛は巣から落ち、ゲージの下に横たわっていた。微かに動いている様子だった。

     

     

    ボクは、その子をまた巣に戻したが、1時間後にはまたゲージの下に。もうかなり弱った状態だ。

     

    色々調べたら『育つ見込みのない未熟な子は親が巣から落とし、育てない』ことがあると知った。

     

    その日の内に、ボクはその子を育てることにした。ヒーターで温めた大き目なガラスケースの中。

     

     

     

    最初は白湯をくちばしに少しずつ垂らす。徐々にそれを飲むようになる。次第に動くようになる。

     

    それからは、2時間置きに、湯で溶かした雛用の餌をさし餌する。やっと生きている感じだった。

     

    自分で餌を食べられるようになるまで、それを毎日続けた。小さいけれど『生命』の尊さを知る。

     

     

    日毎に元気になり、産毛もなかった体に体毛が生え始め、やがてやっと鳥らしい姿になっていく。

     

    未熟児。自分に重ねることはなかった。ただ、せっかく生まれてきたのだから育って欲しかった。

     

    恐らく、通常の子よりも成長はかなり遅かっただろう。でも、今では仲の良い相棒のようである。

     

     

    本来、カナリアは神経過敏で警戒心が強く、人に懐くことはない。この子の親は未だ、懐かない。

     

    だが、懐く懐かないに関わらず、生命の神秘を感じる経験だった。その『生命』がとても愛しい。

     

    命は、生まれた瞬間から死に向かっている。生き続けることは大変なこと。だから、愛しいのだ。

     

     

    性別不明で名無しだったが、『ピーピー』鳴いていたので母が勝手に『ピータン』と呼んでいた。

     

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    死と向き合っていた時間の、後

    2018.06.01 Friday 03:59
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       ボクは、いま死のうと思っています。そのことを言葉という形によって、伝えようとしています。その言葉は、心を伝えるのではなく、心の存在を示すひとつの手段です。気持ちを伝えるのでははなく、『その、こと』を伝えるのです。

       では、なぜそのことを伝えるのか。それは、ボクには判りません。

       そのこと、つまり、死のうと思うことは、例えば交差点を渡ろうとすることにどこか似ています。

       道を歩いていたら、交差点があったのです。それは、偶然ではなく、むしろ必然のような気がします。ですから、交差点を渡るということをするために、特別な理由はいらないのではないか、と思えるのです。そして、『交差点を渡ります』と、発言するのはボクの自由で、特別な理由はないのです。ボクの中では、それら、『死ぬこと』と『交差点を渡ること』は、同列にあります。

       しかし、それが伝わるかどうかは、他者に委ねるしかありません。そのことに関しては、ボクは無力なのです。どのように解釈されようと、ボクは無力であり、ボクにとって、伝わるかどうかはどうでもいい、取るに足らないことなんです。

       解釈とは、人それぞれですから、解釈そのものには、意味など求めてはいけないのだと思えるのです。それに、元々、死ぬことにすら、意味などないような気がするのです。

       ボクは、無意味なことが、ただ好きなのかもしれません。

       そして、ボクは、ただ歩いていたらそこにあった『交差点を渡ろう』とすることと同じように、ただ『死のう』と想っているだけなのです。

       

       この宣言のようなものは、ずっとボクの中にあった想いであり、見ない振りをしていたもの。真新しいノートの最初のページに書き記したのは、つい昨日のことだった。

       

       ボクは、大学を卒業しても、そのまま就職をしなかった。まず何をしたらいいのかが判らなかった。それから今日まで4年余り、定職に就くこともなく、ただ惰性でアルバイトを転々として来た。それでいま現在は何も仕事をしていない。

       したがって、日々時間を持て余している。それで、散歩が日課になっている。

       そして、それはいつものように、午後の散歩をしている途中の出来事だった。

       お気に入りと言うよりも、成り行きでそのようになった、お決まりの散歩コースの途中にある歩道橋を渡って、向こう側の歩道に行こうとしていた処だった。その歩道橋の階段を昇り終える少し手前で、ふと視線を上げた先にひとりの女性を見た。

       

       彼女は、歩道橋のちょうど真ん中あたり、手すりの手前に背筋をまっすぐに伸ばして立ち、細い指先で銀色に鈍く光るピアスを、左右両方とも外し、それを掌に乗せ、しばらく眺めていた。ボクは足を止め、少し離れた手すりに寄り掛かって、彼女の斜め後方からその様子を見ていた。

       彼女は、その銀色の小さな塊から視線を少し上に向けて、淡い微笑みを浮かべ、おもむろにそれを頭上に放り投げた。そして、その放物線に目をくれることもなく、更に口元を緩め、音を立てずに拍手をした。

       路面に落ちたであろうピアスの行方は、ボクも確認しなかった。それよりも、歩道橋に手を掛け空を見上げた、彼女の整った横顔を見ていた。そして、程なくして歩き始めて、彼女のそばに近づいて立ち止まり、その次の瞬間にボクは、彼女に向けて自分の口から言葉が出たことに自分自身で驚いた。

       「捨てることはいい」

       自分の背中でした声に、彼女は振り返った。左の頬に涙が伝うのをボクは見た。そしてもう一度、「捨てることはいい」と同じ言葉を繰り返した。

       それでも、彼女はボクの視線をまったく存在しないもののように、それを無視して歩き出した。それでも、ボクは更なる不可解な行動に出た。

       「あさこさん」

       なぜそんな名前が出て来たのだろうか。ボクは彼女に向かってそう声を放って、しかも張り上げたその自分の声に例えようのない違和感を覚えた。

       少し距離を置いて、後を追うボクには、彼女の歩き方に変化を見ることが出来た。歩幅が明らかに狭くなり、膝のあたりにためらいのようなものが窺えた。

       「あさこさん」

       もう一度、今度は意識して穏やかに、そう呼び掛けた。

       彼女は体ごと向きを変えて、正面からボクを見据えた。そして、そのやや乱暴な口調には不釣り合いな『柔らかな』声で、

       「私は、あさこという名前ではありません」と言った。

       自分とほぼ同じくらいの年齢ではないかと思える彼女の頬には、もう涙はなかった。それを確認して、ボクは迂闊にも微笑んでしまった。

       「なぜ、笑うのですか?」

       「すみません。けっして笑った訳じゃないんです」

      と、ボクは間髪を入れずに丁寧にそう言った。

       「人違いをしています。私は、あさこという人ではありません」

       彼女は、少しだけ口調を緩めてそう言った。

       「人違いではないのです」

       怪訝そうな表情のままの彼女に向かって、更にボクは、

       「ぼくにとって、あなたがあさこさんであるかは、どうでもいいんです」と言った。

       「あなたがあさこという名前である可能性もある訳で、そのわずかな可能性を試すために、あさこという名前が必要だったのです」

       ボクは自分でも不思議なくらいに、すらすらと言葉を口にしていた。

       明らかに不快そうな表情でボクを凝視した彼女に、

       「怒らないでください。ぼくはあなたを呼び止めたかったのです」と出来るだけ丁寧にそう続けた。

       「ナンパですか?」

       前髪を掌でたくし上げた彼女の白い額に、再び前髪が流れるのをボクは見ていた。それはとてもしなやかで美しい仕草だった。

       彼女は、一度だけ瞬きをした。はっきりそれと判るようなやや誇張したやり方だった。ボクはそれを静かに見届けていたけれど、彼女はあからさまにそれと分かるよう、誇張した感じに体の向きをさっと変えて歩き始め、向こうの階段を降りて行った。

       ボクはそれを黙って見送るだけで、それ以上は何もしなかった。

       

       それが昨日の出来事だ。

       その直後に、ボクの心に炙り出された『想い』が、死のうと思うこと。そしてそのことを言葉という形によって、伝えようとすること。その言葉は、ボクの心を伝えるのではないく、心の存在を示すひとつの手段として、『その、こと』を伝えようとすること。それは、誰に向けてのものでもない、自分に向けての『宣言』のようなものだった。

       

       

       

      これは、ボクが25歳前後に書いた。小説でもなく、日記でもない。ただ、書いただけのものだ。

       

      ボクは不運な事故により、生活や人生など、大きく変化をし、色々とあり、廃人のようになった。

       

      22歳から社会復帰する27歳までの途中。『死にたい』と思う人間から『自己再生』を始めた。

       

       

      その一環として、ノートに手書きで、色々と心に浮かぶことを文章で書き記すことを続けていた。

       

      3冊のノートは綺麗な状態で保存してある。それを読み返すことはなく、先日久しぶりに開いた。

       

      その中で圧倒的に多かったのが『フィックション』だ。短編小説擬きの短い作り話を沢山書いた。

       

       

      その中の一つがこれだ。ただ、ボクははっきりと覚えていることとして、確実なものがあるのだ。

       

      これだけは、『物語』のように、長く書こうとしていた。だが、書き始めの『ここ』で挫折した。

       

      挫折と言うか、急に書くことをやめたと記憶している。ボクは、確かに何かを書こうとしていた。

       

       

      ボクは二十代という輝かしい時間を、自分の部屋に籠り、誰とも会わず、廃人のように過ごした。

       

      痩せ続け、体力も低下したまま、日がな一日横たわり、1分毎に『死にたい』と思い続けていた。

       

      そこから脱却することを自ら促して、『自己再生』を始めた。その一つが文章を書くことだった。

       

       

      だから、これは『死ぬことと向き合っていた時間』の『その後』を記したものだとも言えるのだ。

       

      その『自己再生』では、かつて経験した、音楽や映画や書物との融合を取り戻せたことが活きた。

       

      まさに『死にかけていた心』を動かし、生きることへの最初の一歩だ。ボクにとって貴重なもの。

       

       

      ボクは元々、絵を描いたり、楽器を演奏したり、何か『表現する』ことで心を柔らかくしてきた。

       

      そこで新たに『文章を書く』ことが加わった。稚拙だろうと『自分の言葉で書くこと』が好きだ。

       

      数年前、ボクは長編の小説もどきの代物を書いた。ただ一人の人しか読んで頂いていない。感謝。

       

       

      プロでもないのだから、音楽も含め、自己表現したものは大切な人だけにそっと伝えたいだけだ。

       

       

      昔書いた先の文章は、また新たな形で死と向き合っている『今の自分』に向け書いたのだろうか。

       

       

      苦しみは絶えなくても、死にたい気持ちは思い出せない。どんな苦しみも死で消えたりはしない。

       

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      休みたい、なんて言えやしない

      2018.05.26 Saturday 01:41
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        やれ『言った、言わない』とか、『解釈の違い』とか、弁解に弁解を重ねる輩が、昨今、多い。

         

        安倍や麻生。一体何をやっているのか。国を動かせる立場に居座り続け、底知れぬ混乱を生む。

         

        アマチュア・スポーツ界にまで『嘘』や『保身』などが横行し、誰もが失望をしているだろう。

         

         

        この世に『真実』というものがあるのか。それは『神のみぞ知る』で片付けていいのだろうか。

         

        この情報社会。『何が真実』で、『何が嘘』なのか。なんて、もはや、語るに及ばないようだ。

         

        事実が捻じ曲げられ、あったことがなかったことにされ。なかったことがあったことにされる。

         

         

        子供たちは外に心も目も向けることなく、室内で『内に、内に』視野を狭める傾向にも感じる。

         

        言動で、その生き方や生きる姿勢を見せるはずの大人が、彼らを誤った方向へ導いているよう。

         

        ネットが悪い訳じゃない。スマホが悪い訳じゃない。物事との接し方を示せない社会の責任か。

         

         

         

        人の話をきちんと聞くことが出来ない人が増えたように思えるのは気のせいじゃないと思える。

         

        自分だけのルールの、根拠ない判断で、常識とか規律とかを捨て去ることが出来てしまうのか。

         

        心を一切通すことなく、頭だけで一瞬にして『キレる』ことの恐怖がどれだけの人を陥れるか。

         

         

        人の命を奪うことは簡単だからこその、命を大切にしなければいけないことが抜け落ちている。

         

        今の世のペット事情は知る由もない。でもかつて子供たちは虫や動物の命に触れ命を知り得た。

         

        命の大小に関わらず命あるものは必ず死ぬ。それに触れる上で『何をどう感じるか』の大切さ。

         

         

        姪っ子は『面倒が見られないから』という理由で、生き物や植物の生活への介入をしていない。

         

        そこで育った幼い子供は、ボクの飼っている生き物を見て、『気持ち悪い』と言って逃げ回る。

         

        母の可愛がっている『カナリア』の鳥かごに体当たりして倒しても、悪いことだと思ってない。

         

         

         

        ボクの子供ではないので、別に叱ったりはしない。意見することなどお節介でしかないだろう。

         

        すべて『個人の価値観』で片付ける社会のようだ。今は他人に口出しすれば、煽りを食うだけ。

         

        ボクは『価値観』なる言葉は控えたい。『価値観』の捉え方も人それぞれなのだから使えない。

         

         

        よく『十人十色』と言う。『観念』も人それぞれなのが前提なら、言葉の選択には慎重になる。

         

        人との会話で『あなたの言うことは間違いだ』と言われたら、それでお終いになる。疎通なし。

         

        会話で一番大切なのは、『聞く力』だと思う。まず聞くことが最初で、そのあり方を認識する。

         

         

        色々な観点から『咀嚼』をして、自分の中の語彙から導く『自分の言葉』を提示させてもらう。

         

        語彙は生きる中で自分自身で育むものだとしたら、人それぞれの責任に委ねられるものだろう。

         

        何やら『論破』というやり方で相手を黙らせる人がいる。昔の友人にいた。言い負かしたいと。

         

         

         

        宗教や宇宙や精神世界など、ちょっと偏ったとも取れる本を読み漁り、自己肯定に躍起になる。

         

        人に言い負かされることが悔しいらしい。ボクが何を言っても『否定』される。それでお終い。

         

        もはや、会話にもならない。相手が感情的になり、不穏な空気になりボクは宥めることになる。

         

         

        やがて彼は新興宗教に走り、ボクに暴言を吐いて縁が切れた。あの気分の悪さは忘れられない。

         

        そのような人との関わりが特殊だとは思わない。ボクにとっては、色々と学ぶことが多かった。

         

        それでも昨今、絡んだ糸も放置されたまま、『隠蔽』『攻撃』など悪しき行為が増える一方だ。

         

         

        ボクはすっかり『テレビ』を観なくなった。それは『娯楽』ではなくなった。日々、見苦しい。

         

        社会全体が急激な変化について行けなくなっている様を滑稽に映し出す。情報だけが拡散する。

         

        私利私欲にまみれた『憎悪』も、懐に入れ逃げたもん勝ちで、次の話題に取って代わって行く。

         

         

         

        行政も立法も司法もバランスを崩したら、裏で何が行われているか。国民の関心も薄れて行く。

         

        誰がどんな嘘をついているのか。一つの嘘が次の嘘を生み、その嘘を嘘で潰して、の繰り返し。

         

        それをテレビでは、『持論』とやらで誰もが言いた放題。そんなものを見せられても、なのだ。

         

         

        昔の時代劇のような『勧善懲悪』など、滑稽な喜劇にも感じられ、もう考えることに疲弊する。

         

        でも現実問題として、日々追い込まれる庶民には切実な問題を制定する国の動向は影響がある。

         

        これには、抗えない。身近な話では、毎年のように『介護』の諸々が改定され、訳が判らない。

         

         

        介護の現場では、ただでさえ人材不足な上に、把握するだけで大変な作業をさせているようだ。

         

        この5年間で、母のケアマネージャーが3人変わった。訪問看護など値段改定で恐縮している。

         

        書類の山が、父の仏壇の上に100枚以上積まれている。さぞ、父も重いと感じているだろう。

         

         

         

        もう何かを望んだりはしない。でも、せめて少しでも『安心』の入る余地が欲しいと切に願う。

         

        時間軸も生活もギュウギュウ詰になり、許容を超えた『毒』が心身を蝕む。日毎、弱って行く。

         

        誰かに許しを請うことは出来ないのは承知の上、言葉だけでも『休みたい』と声にしてみたい。

         

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        友人、というものについて思うこと

        2018.05.25 Friday 02:11
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          ボクは今までに『親友』と呼べる人がいただろうか。などと、いい年齢になって思ったりする。

           

          現在は、今までに知り合った友人とは、誰とも交流がない。それにはいくつかの要因もあった。

           

          世の中には、『どうにもならないことがある』なんて、達観したようなことは、言いたくない。

           

           

          それでも、人との関係と築き、それを継続して行くことは、経験上、簡単なことには思えない。

           

          ボクは小学校2年で転校したので、隣に住む同い年の女の子、幼馴染とは自然に疎遠になった。

           

          転校先では、クラス変え毎に交友関係も変わって行く。社交的じゃない上に適応力もなかった。

           

           

          中学、高校では、いつも連んでいた仲間はいるにはいた。でも、彼らが親友だったと思えない。

           

          我が家は躾が厳しく、門限も5時だったので、楽しくなる前に帰宅することを余儀なくされた。

           

          単に『付き合いの悪い奴』という具合に、あからさまな『オミット』をよくされたりしていた。

           

           

           

          人のことを悪く言うことは避けたい。けれど、『いい奴』と思える人が仲間の中にいなかった。

           

          ボクは、バイトをしてレコードを収集していたので、多くの友人たちにレコードを貸していた。

           

          殆どがルーズな人で、その内、誰に何を貸しているのか把握出来なくなる、との状態に陥った。

           

           

          3年以上返ってこないものもあった。ある時、ボクは自分のレコードを1枚ずつ確認してみた。

           

          驚くことに、20枚近くがなかったのだ。覚えのある友人に片っ端から声を掛けて回収をした。

           

          中には、歌詞カードがグシャグシャになっていたり、ジャケットやレコード盤に傷があったり。

           

           

          この『物の貸し借り』を通し、ボクは人を信用するってことがどういうことか判らなくなった。

           

          ボクに『人を見る目がなかった』せいでもある。もちろん、ボクに落ち度がある場合もあった。

           

          それでも、一切の貸し借りをしないと皆に告げると、『ケチな奴だ』と言われるようになった。

           

           

           

          本当に信用出来る人がいなかったことは、いい年齢になってから、違和感と共に確信になった。

           

          学生時代と違い、それぞれ社会人になってからは色々とあるだろうし、関係性も変化してくる。

           

          やさぐれて『嫌な奴』になっていたり、いい加減な言動で人を振り回す人になっていたりなど。

           

           

          ボクが病気になった途端、皆、まったく寄り付かなくなった。その程度の関係でしかなかった。

           

          社会復帰で精一杯だったし、『友人』のあり方について考えないようになっている自分がいた。

           

          70過ぎた頃のタモリ氏曰く『友人はいらない』『面倒が増えるだけ』が額面通りかは不明だ。

           

           

          彼タモリ氏は、芸能界でもつるむ印象はない。決まった僅か『飲み仲間』がいるだけ、らしい。

           

          だが、ここ数十年、年末年始をタモリ宅で過ごす『草剛』を『親友だね』と照れながら言う。

           

          年齢を越え、『他人には知り得ない何か』があるのだろう。素敵な関係性を築ける『何か』だ。

           

           

           

          そのような関係は素敵だと思う。出逢いも別れも必然で、自分という人間の在り方にも思える。

           

          そこで、先日、敬愛する『井上堯之』氏の訃報で、小中学生の頃に親しかった友人を思い出す。

           

          彼は、『伊藤』君。太っていて、いつも穏やかで、優しく、誰からも嫌われることがない人だ。

           

           

          ボクは彼が4年生の時に転校して来たその日にいじめた。ボクは人と仲良くなる術を知らない。

           

          それは、現代の陰湿なものではなく、色々プロレス技を仕掛けただけの、ただのジャレ合いだ。

           

          ボクらは本気で組み合う中で、通じるものを感じ、その日からいつでも一緒にいる仲になった。

           

           

          彼は親が離婚をして、再婚同士の親と一緒に転校して来た。静岡に姉がいるとも教えてくれた。

           

          そのことはボクだけに話す秘密だと言っていた。小学生にとっては、ある意味、深い話だった。

           

          複雑な家庭事情から、彼は謙虚でいつも優しかったのだろうか。いや、彼本来の資質だと思う。

           

           

           

          彼の両親は雇われで米屋をやっていたので、お互いに一人だったから、二人は彼の家で遊んだ。

           

          殆ど物が何もない部屋で、メンコや相撲など物質的には貧しい遊び。二人きりでも楽しかった。

           

          そんな彼と共通点は音楽だった。彼は自己主張をまったくしないが、音楽の好みは最高だった。

           

           

          彼の家は経済的に厳しい環境だったので、レコードをそんなに買えないから選択は慎重だった。

           

          その彼の選択は秀逸だった。カーペンターズを最初に聴かせてくれたのも彼。小学生の時の話。

           

          殆ど誰も知らないような『井上堯之』のソロ・アルバムには、泣きそうな程に感動したものだ。

           

           

          高校で別々になり、会う機会も激減し、親の仕事の事情で突然引っ越していたのを後に知った。

           

          30歳過ぎた頃に、彼と思われる人から電話があったが、母が勧誘と間違えて切ってしまった。

           

          数年前に再発された『井上堯之』氏のアルバムを最近よく聴いている。人柄がにじみ出ている。

           

           

          この年齢になり、未だ人との関係を築けない。今は『寂しい』との感情も思い出せなくなった。

           

           

          友人関係って何なのかまったく判らない。けれど、彼がボクの親友だったことは確かだと思う。

           

           

          彼の部屋が鮮明に蘇る、『井上堯之』氏のアルバムの中で最も印象的な曲『一人』を聴きたい。

           

           

           

           

          この唄は、萩原健一と水谷豊による、伝説のドラマ『傷だらけの天使』の最終回で流れる。

           

          水谷演じる『アキラ』が風邪をこじらせ死んだ遺体を萩原演じる『アニキ』が捨てに行く。

           

          リヤカーに『アキラ』を乗せ、東京のゴミ捨て場である『夢の島』に運ぶシーンで流れる。

           

          伊藤君。いや、『イドじゃん』ボクがつけたあだ名。中学生のボクに名曲を教えてくれた。

           

           

          余談だが、本編では井上堯之バンドがゲストヴォーカルを迎えたヴァージョンを使用した。

           

           

          ボクはテレビ禁止されていて、このドラマは再放送でようやく観たので、唄を先に知った。

          category:雑感 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

          後悔のない死へ向けて生きている

          2018.05.22 Tuesday 12:55
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            ボクは生まれて生きている間のほぼ99%は『健康』とか『娯楽』とかと無縁であるようだ。

             

            母のお腹の中で『子供か母親、そのどちらも助からない』可能性を医師に宣告されたそうだ。

             

            母が重い妊娠中毒症になり、未熟な状態で予定より早く生まれ、親子で入院していたらしい。

             

             

            そのせいか、ボクは、小さく痩せて、幼少期から体が弱かった。年中熱を出したりしていた。

             

            予定日が4月だったのを3月初旬に産んだことで、同い年の子と比べ、すべてで遅れていた。

             

            幼馴染の忍ちゃんは、前年の4月生まれで、同じ学年なのに、お姉さんと弟みたいに違った。

             

             

            それに起因しているかは判らないが、体調不良を無理に我慢し、保健室の常連になっていた。

             

            物心ついた頃から自律神経失調症で、外、自宅以外では食事も出来ず、睡眠も取れなかった。

             

            修学旅行などは地獄のようだった。中学の林間学校では熱を出し、登山出来ず寝込んでいた。

             

             

             

            食も細く、好き嫌いも多く、給食の時間後の昼休みも残され、教師に食べるよう強要された。

             

            病弱だからこそ、我慢することが常だった。39度の熱で這うように中学に行き、倒れたり。

             

            社会に出てもそれは変わりなく、他人に悟られないよう『無理』をすることが習慣になった。

             

             

            19歳の時の、不運な事故に遭遇した後も、学生と主夫を掛け持ちし、心身ボロボロだった。

             

            元々社会に適応出来ないのに、社会復帰してからの方が大変だったと今しみじみ思い起こす。

             

            無理と我慢を続け、働けなくなった。人は比べられない。ボクが甘いだけなのかもしれない。

             

             

            離職後、10年弱入退院を繰り返す父の死と入れ違いに、母が倒れて、途切れない介護生活。

             

            自分自身も病気を抱えて日常生活もまともに出来ないままの介護は、想像を絶していたのだ。

             

            生活に支障のある人間関係は、止むを得ず断ち切るしかない。人との関わりが一切なくなる。

             

             

             

            生きている間の苦しみや辛いことばかりはっきりと覚えていて、『楽しい』は薄れ行くのみ。

             

            恋愛経験もなく、『結婚をしてはいけない』人間だと思っていた。それ以前に『縁』もない。

             

            そんなこんなで、ここ十数年、数々の総合病院でどれだけ『検査』したか。色々あり過ぎた。

             

             

            大量の血液検査、レントゲンもMRIもCTもエコーもたくさん受けた。具体的に何も判らない。

             

            身体中に力が入らなくなり『神経内科』で『ギランバレーの可能性』と曖昧な診断もあった。

             

            喘息の発作で夜中にステロイド点滴を受けたり。激しく低下する体力は精神力でカバーした。

             

             

            まあ、何で苦しみしかないのに生きているのか。なんて、考えると混乱するだけだと思える。

             

            気がつけば自分もそれなりにいい年齢になり、『死』について多角的に考えることが増えた。

             

            自分の中では、『死の準備』と称して、『いつ死んでも悔いは残さない』ように生きている。

             

             

             

            幸いなのか、ボクは家庭を持っていないし、子供もいない。そういう意味では荷は軽減する。

             

            死生観や宗教的な発想はある頃に捨てた。葬儀もいらないし、墓に入らなくていいとも願う。

             

            この世に、ボクは『存在しなかった』ことにしてくれたなら、とてもありがたい、のである。

             

             

            生きることは『時間』の積み重ねだ。時はやってくると同時に去って行く。永遠、繰り返し。

             

            忙しく過ごそうとのんびり過ごそうと、時間は皆、平等。だからこそ生き方が大切に思える。

             

            生きれば生きる程に、生命の素晴らしさを知る。苦しみもその一部に捉えらればいいことだ。

             

             

            生きることにおける『時間的概念』なんて答えはないもの。長生きがいいとも思っていない。

             

            ボクは忍耐だけは強い。気を失う寸前まで、平然を装える。自慢にもならないことが自慢だ。

             

            座右の銘など大それたものはない。敢えてカッコつければ『人に優しく、惜しみなく愛を』。

             

             

             

            このような『戯言』ばかり言うだけなら、誰かを傷つけたり、貶めたりはしないと思うのだ。

             

            だから、ボクは、戯言でもいいから、『愛』だけはいつでも見失わないように生きていたい。

             

            自分に出来ることは『惜しみなく』やりたいし、それに感謝し、死ぬ時に、悔いを残さない。

             

             

             

            そういうことを冗談ぽく母に笑顔で言うと、『そんな悲しいことは言わないで』と言われる。

             

            ある人に『もういつ死んでもいい』と言ったら、『長生きしてください』と優しく言われた。

             

            ありがたいことだ。こんな人間に『言葉をかけてくれる』のだ。ただただ、感謝するのみだ。

             

            category:生活 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

            肌に馴染む、シャツの心地良さ

            2018.05.21 Monday 12:30
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              どんなにオシャレな服でも、自分には相応しくないものがある。単純に似合わないとか。

               

              結局、タンスの奥から引っ張り出した『着慣れた』少しヨレたシャツが心地良かったり。

               

              分相応とかではなく、『自分の感じる心地良さ』って誰にでもあるような気がするのだ。

               

               

              これは、服の話だけでない。『肌に馴染む』=『心地良さ』=『心の感じ方』でもある。

               

              ここ数年、ボクもそれなりにいい年齢になって、『馴染む』ことの大切さを感じている。

               

              服に関しては、高校生の頃からほぼ着る物には一貫性がある。柄も色も好みがブレない。

               

               

              少し視点を変えれば、時代に左右される『流行、廃り』からは、常に距離を置いている。

               

              それは、趣味にも共通しているようなことを最近、感じるのだ。音楽や映画や書物など。

               

              特に、音楽においては、好みの視野が広がる一方で、草の根分けて、常に探索し続ける。

               

               

               

              ボクは、洋楽も邦楽も分け隔てなく好み、高校生の頃にはジャズにのめり込んで行った。

               

              そこからは、芋ずる式に『出るわ、出るわ』の大騒ぎ。新しい地平にはまた新たな発見。

               

              そんな具合で、ジャンルを越え世界中を音楽で旅する。魅力的な人や音にあふれている。

               

               

              アフリカ。中国。インド。中近東。南米。ヨーロッパ。民族衣裳のような『肌の質感』。

               

              クラッシックも現代音楽も民族音楽も、根っこは一緒だ。『心で心地良く感じるか』だ。

               

              時代の変遷は目紛しく、音楽も様変わりした。そこには、根っこのない弱いものもある。

               

               

              それらは、いつでもどこも同じような選曲をするラジオで垂れ流しされ、そのまま放置。

               

              ならば、自分で探すしかない。やはり最終的に『心地イイ』のは、『肌に馴染む』もの。

               

              ベテランの過去に魅せられた現役の人が多い気がする。今の音楽は先細りの刹那的商売。

               

               

               

              ここ十数年、長らくレーベルとの契約がなかったベテランの新作に触れることが増えた。

               

              それを『ノスタルジア』で片付けるのは惜しい。単なる懐古ではなく、実力が衰えない。

               

              凄い人は『素晴らしい』のだ。その人が積み重ねた経験が活かされているのだから、だ。

               

               

              年齢にすれば、60〜70代。1970年代前後に活躍し、今でも、現役感バリバリだ。

               

              中には、『昔の名前で出ています』的な、『過去の焼き直し』で同窓会に甘んじる人も。

               

              その中で『本物』を提示されると、ただ『脱帽』するしかない。過去でなく、今なのだ。

               

               

              つい昨日届いた。『ダニー・コーチマー』という人の約40年振りの新作は素晴らしい。

               

              半世紀近く、苦楽を共にした仲間たちがバックアップする。皆それぞれに魅力的なまま。

               

              リー・スクラーのベース。ラス・カンケルのドラム。もう、唸るしかない鉄壁のリズム。

               

               

               

              まさに『肌に馴染む』音であふれている。コンピュータ類を一切排除した生演奏の極意。

               

              人に心地良さをもたらす『揺らぎ』が満載だ。ギターの音に『嘘』はなく、歌っている。

               

              もうボクは、その音に身を委ねるだけだ。今は、刺激よりも心地良さが必要なのである。

               

               

              新しいシャツも気分転換に着る。それでも、肌に馴染んだ少しヨレたシャツは心地イイ。

               

               

              ただ、新しいシャツは、素材も悪く、すぐに役に立たなくなる場合が多いのは否めない。

               

               

              これは、今回の新作のメンバーによる最近のライブ。音は劣悪だが、間は、肌に馴染む。

               

              category:音楽 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

              ジュリー、唯一無二のスターアイドル

              2018.05.20 Sunday 08:18
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                ボクは、子供の頃には、いつも『ひとり』で過ごしていた。『一人』『独り』そのどちらも。

                 

                いわゆる鍵っ子で、保育園の頃から家の鍵を首から下げ、黙ったまま、一人遊びをしていた。

                 

                生活にゆとりのある家庭ではないので、おもちゃなどは、ほとんどなく、時間だけがあった。

                 

                 

                子供らしさも可愛げもなく、大人の顔色ばかり伺うボクは唯一、絵を描くことが好きだった。

                 

                その頃には、いわゆる『妄想』をすることで、どこか違う世界に自分を放り投げていたのだ。

                 

                自主性のない現実逃避する子供で、もし音楽に出逢っていなければ、どうなっていただろう。

                 

                 

                 

                そんなボクは、小学生のある日、ラジオから流れてきた唄に、経験のない衝撃を受けたのだ。

                 

                兄が留守の時に、黙ってカセットテレコを拝借して、ラジオから流れる、その唄を録音した。

                 

                それが『沢田研二』の『追憶』だ。この出逢いをきっかけにボクは音楽という現実に向かう。

                 

                 

                その『追憶』という唄には、一撃でノックアウトされた。何度も何度も再生して聴き惚れた。

                 

                安物のカセットテープの籠ったの音にも関わらず、そこから放たれる魔法で心は解放された。

                 

                その出逢いの直後、小学生のボクは、『ビートルズ』にさらなる衝撃を受け、扉は開かれた。

                 

                 

                 

                ジュリー最大の魅力は、声、歌唱、表現力に匂う色気。非の打ち所がないスターアイドルだ。

                 

                だが、彼は欧米のロックやソウルに魅せられ、根っこは相当尖っていたと当時を語っている。

                 

                そんなことは子供には判らなかったが、今こうして聴いてみると『根っこ』は嘘をつかない。

                 

                 

                今でも全盛期だった70年代の頃のジュリーの唄を網羅したベスト盤は、少しも色褪せない。

                 

                どれを取っても名曲の数々。特に大ヒットした『勝手にしやがれ』以前は、目眩がする程だ。

                 

                あの曲が売れに売れ、その後は商業路線に走り、迷走し、やがて80年代後半に急失速した。

                 

                 

                 

                それでも今、商業的な『ジュリー』を観ても、桁外れに『カッコいい』ことには違いはない。

                 

                歌番組の伝説でもある『夜のヒットスタジオ』における表現は、今時のアイドルとは異質だ。

                 

                敢えて断言してしまう。あれ程にあらゆる要素に秀でたアイドルは、後にも先にも観てない。

                 

                 

                昨今『プロダクション』『プロデューサー』に作られた『規格品』のように見えるアイドル。

                 

                個人の才能とか個性とかが、引き出される場合もあるし、ない場合もある。生き残り商戦だ。

                 

                その『プロダクション問題』で解放されたり、消されたり、側から見て大変な商売だと思う。

                 

                 

                まあ、昭和愛好家であるボクの言うことなど信用しない方がいいし、こんな話に中身はない。

                 

                先日、その『夜ヒット』における『ジュリー』の映像を発見した。でも、後期のものばかり。

                 

                頂点から徐々になだらかに下降していく様が観て取れる。ボクの観たいのは、これじゃない。

                 

                 

                 

                小学生のボクをノックアウトした名曲『追憶』。この頃の曲はどれも素晴らしかったのだ。

                 

                 

                 

                探せばあるもので、ボクがジュリーの虜になった時代の曲が断片的にだが網羅されていた。

                 

                 

                先日、ジュリーの全盛期を支えた『井上堯之』氏の訃報に触れて、切なく思い出したのだ。

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                恋も笑顔も、人を幸せにしてくれる

                2018.05.17 Thursday 12:22
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                  幼少期から『人見知り』で思春期には女性と話も出来なかった。特に中2の時、女子との会話ゼロ。

                   

                  ので、相当に『無愛想』な顔をしていたんじゃないかと思う。ある意味、中2の最低な記録は凄い。

                   

                  だが、色々なことを経て、社会に出て、『愛想』というあり方を知った。実に便利で、都合がいい。

                   

                   

                  訓練したり、その気になれば仕事で演じるような愛想もあるので、その類はある意味勉強になった。

                   

                  だが、年齢と共に強く感じることは、『心からの笑顔』の大切さだ。『人柄』が滲み出る穏やかさ。

                   

                  人の心が見えるのか。なぜ『心から』って判るのか。ボクの語彙が乏しいので、他に形容出来ない。

                   

                   

                   

                  それでも、こちらの心が『ほっこり』する笑顔は、瞬時に感じることが出来る。人柄の良さだろう。

                   

                  大人の社会では、人によって色々と別の顔を使い分けられる人がいるのを、何度も見た経験がある。

                   

                  単純に『凄いな』と思う。ボクには出来ない。世渡りが下手でもいい。そういう愛想ではないのだ。

                   

                   

                  自然に頬が緩み、口角が上がり、柔らかい『笑顔』が、穏やかで朗らかでじわっと沁みる人がいる。

                   

                  そういう人に接すると、こちらも『笑顔』になる。ボクもそのような人でありたいと心掛けている。

                   

                  これは『啓発セミナー』とか『研修』とかでは身につかない。日々培う『生き方』次第だと思える。

                   

                   

                   

                  ボクは昨年末、とある店に行き、そこで働く女性に一瞬で『恋』をした。まさに、一目惚れである。

                   

                  その人は、その『佇まい』全体から放たれる『空気感』が、笑顔でいっぱいの人柄溢れる人だった。

                   

                  人と接する際に、『パーソナルエリア』内で一番大切なのは、『共有する空気感』の心地がいいか。

                   

                   

                  それは、凡その場合、最初に逢った瞬間に直感で判るものだ。その直感に『シンパシー』があるか。

                   

                  一切の不快感もなく、むしろ『愛しく』想えてならない。そんな人との出逢いはそうはないだろう。

                   

                  恋する相手の笑顔は、こちらにも『笑顔』を生み出してくれ、それが感謝に繋がる、『愛』なのだ。

                   

                   

                   

                  日常がどんなに辛いことや苦しいことであっても、その人の存在を感じるだけで、安心が生まれる。

                   

                  まるで少女漫画の様に、瞳の中に星が輝く。それを『気持ち悪い』と言われようが少しも構わない。

                   

                  あの『恋する世界』の素晴らしさを言葉に置き換えることは野暮に思える。その野暮がボクなのだ。

                   

                   

                  人との出逢いは、偶然ではなく、すべて必然だと思っている。その日、その店に行ったのも必然だ。

                   

                  それまで幾度も恋をしてきた。そのどれもが『記憶』として、色褪せることなく心に存在している。

                   

                  そこに新たな『恋』が煌めきを放ち、心を広げる。ボクの恋の記憶は、女性の『笑顔』でいっぱい。

                   

                   

                   

                  恋の成就は一度もしていないので、『片想い』を『愛』に昇華することに関しては、経験を重ねた。

                   

                  空気感の共有は、ほぼ3ヶ月で終わった。その人がお店を辞めたからだ。恋が終わった訳ではない。

                   

                  ただ、会えなくなっただけであり、ボクの心のフィルムには、その人の笑顔が焼き付けられている。

                   

                   

                  限られた回数しか会っていないし、時間にすれば、とっても短い。お店の店員さんと客なのだから。

                   

                  それでも、交わした言葉の魅力は深く、その女性の透明感のある美しい声とともに鮮烈に刻まれた。

                   

                  例えば今この同じ空の下。どこかにその人がいて、ボクは、柔和な『笑顔』を想像し、元気になる。

                   

                   

                   

                  それだけでも幸せなことだと感謝してしまう。数千、数万の人とすれ違ってきた見知らぬ人々の中。

                   

                  ボクがその人に出逢ったことも、言葉を交わしたことも、笑顔に触れたことも、すべてが感謝、だ。

                   

                  目を瞑れば『君がいる』のだ。『よろしく哀愁』である。まさに『逢えない時間が愛育てる』のだ。

                   

                   

                  遠い恋は『思い出』になりつつある。でも、この恋は『同志』の如く、永遠に大切な『礎』である。

                   

                  ここ数ヶ月は相当に参っているはずのボクが、手のひら返したように気力を生むのは、愛の賜物だ。


                  そこには、『笑顔』という、『最高の贈り物』があったお陰だ。感謝しても、しきれないのである。

                   

                   

                  この世には、その人は一人しか存在しない。たった一人の人に恋をするから、素敵なのだと思える。

                   

                   

                  このまま、二度とその人に逢えないとしても、ボクの心では、様々な形で『愛』は育まれるだろう。

                   

                   

                  今のボクはその人に逢う以前のボクでなくその人に恋をして以後のボクであることが、生きる証し。

                   

                  category: | by:hallysmilecomments(0) | - | -

                  相当に、参っているようだ

                  2018.05.16 Wednesday 04:56
                  0

                     

                     

                    毎晩、毎晩、欠かさず凄まじい悪夢を見る。

                     

                    精神的に追い込まれたり、惨状が起きたり。

                     

                    なかなかそこから抜け出せずに、苦しみ続ける。

                     

                    やっと目が醒めると、耳鳴りが最高潮に達している。

                     

                    頭蓋骨全体が、グワングワン轟いていて、それは拍動性。

                     

                    頻脈になった脈に合わせて、激しいリズムを伴う。

                     

                    動悸がすごいので、グワングワンの轟も凄い。

                     

                    気分が悪かったり、軽い吐き気を伴ったり。

                     

                    目が覚めても、体が動かない。動けない。

                     

                    しかも、夢の内容を詳細まで覚えている。

                     

                    まるで、恐怖映画の様に、映像まで覚えている。

                     

                    時には、放たれた言葉まではっきり覚えている。

                     

                    そういうのを『悪夢障害』というらしい。

                     

                    不安や過度のストレス、心的外傷性体験、トラウマなどによるらしい。

                     

                    そのどれも当てはまる。

                     

                    日々、不安を抱え、ストレスを溜め込み、心的外傷性のトラウマが消えない。

                     

                    日を追うごとに、精神的にも肉体的にも、ダメージを受け続ける。

                     

                    気力を振り絞って、やることに追われても、やることは増える一方だ。

                     

                    内心『もうダメかもしれない』と諦めかける自分との不毛な戦い。

                     

                    日々、『参っている』度合いが増して、耐性もついているようだ。

                     

                    それでも、同じような区切りのない日々は、生きた心地もしない。

                     

                    これは弱音じゃない。愚痴でもない。ただの自己確認に過ぎない。

                     

                    category:試練 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

                    ちょっとした疑問、かなりの違和感

                    2018.05.14 Monday 04:55
                    0

                       

                      個人的にはまったく興味がない人である、『加山雄三』のデカイ船が炎上したそうだ。

                       

                      テレビ画面の中でその件について、憔悴した感じで本人がコメントするのを見たのだ。

                       

                      芸能ニュース自体興味ない。普段なら聞き流していたか、ただの情報でしかなかった。

                       

                       

                      だが、ボクには、とても違和感を抱く言葉を彼が吐いたことがとても気になったのだ。

                       

                      彼にとっては『愛する』ものだったかもしれないが、庶民にはまったく縁のないもの。

                       

                      それを失い『自分の半身を失ったよう』と表現したことに、ボクは強く疑問に感じた。

                       

                       

                      この人は、『本当に自分の半身を失うということをどう捉えているのか』という疑問。

                       

                      彼にとってどれ程に悲しいことが起きたか、知る由もない。その人自身の問題である。

                       

                      だが、実際に半身を失い、絶望したり、それを受け入れている人が存在している事実。

                       

                       

                       

                      この心情表現に、その人の生き方が見える気がする。言葉には、そのような力がある。

                       

                      世の中では、人知れずに予想を超える悲しい出来事が起きていることだろうとも思う。

                       

                      表現として『無神経』にも思える発言になぜ誰も疑問を持たなのだろうかと謎だった。

                       

                       

                      人が一度放った『言葉』は、『なかったこと』には出来ない。ボクも相当バカをする。

                       

                      いい年齢になり、名も知れた人の発言には、不快な気分になった。これはボクの問題。

                       

                      差別用語に過敏で、様々なハラスメントに敏感に反応するメディアが、平気で流せる。

                       

                       

                      通信拡散。匿名性。人が誰かを平気で攻撃し、節操も節度も失った現代を生きている。

                       

                      閉塞感でいっぱいなこの『窮屈な時代』に馴染めないボクの方がオカシイのだろうか。

                       

                      まあ、右から左に流せばいい。でも、人としてとても大切な問題にも思えてならない。

                       

                       

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                      category:雑感 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

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