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2017.07.23 Sunday
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    命を繋げられなかった、ということ

    2017.01.05 Thursday 08:51
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      ここ数年の正月は、実に質素で、簡素で、特別なことはせずに過ごしている。

       

      かつて、父が生きていた頃には、兄弟家族を含めて、大人数で賑わっていた。

       

      だが、どこか『儀礼的』な感じはしていた。それが『楽しい』とは思えない。

       

       

      ならば、今ある状態のまま、無理せず、出来るだけ『穏やか』に過ごしたい。

       

      兄には子供が3人いて、すでに孫も2人いる。羨んでいたのは事実だと思う。

       

      姪っ子や甥っ子が小さい頃には可愛がったが、彼らが大人になれば、他人だ。

       

       

      他人という捉え方は、『排他的』な気持ちから来るものではない。多分そう。

       

      時代は変わる。昔みたいに、親族一同、繋がりがある。なんて、そうはない。

       

      年に片手でも余るくらいしか会わないと、日常ではない関係になるのである。

       

       

      家族だろうが、知人だろうが、『馴れ合い』は好きではない。もう出来ない。

       

      そこに『気持ち』がないのならば、むしろ、さっぱり繋がりがない方が潔い。

       

      用意された『愛想』なら、こちらも心からの『気持ち』がないのならば、だ。

       

       

      人が好きで、人ときちんと向き合いたいからこそ、曖昧な探りなどいらない。

       

      会った瞬間に、『笑顔』で向き合える人でなければ、無理をしたくないのだ。

       

      もう、そういう年齢になったと思う。自ら関係を断つのではない。肯定的に。

       

       

      そこで、ボク自身は、『家族』を持たなかった。或は、持てなかった。必然。

       

      常に病に苛まれる人間に、家族を持つ資質はない。必然的に今こうしている。

       

      ボクは『命』を繋げなかった。母との二人だけの正月は、ありがたいことだ。

       

       

      いずれ一人になるのだから、二人の方がいい。それに感謝せずにいられない。

       

      昨年末にボクの暮らしに加わった『カナリア』が、大晦日に卵を二つ生んだ。

       

      本人(メス親)もまだ1歳にもならないのに、毎日、ずっと卵を温めている。

       

       

      現実的な話、『無精卵』なら、ヒナは孵らない。でも、彼女は、温め続ける。

       

      ボクは日々、それに感動している。遺伝子云々で片付けられないことと思う。

       

      どんな『命』であろうと、尊いことに変わりない。命のある情景に心が動く。

       

       

      ボクは、自ら心を動かし、『キレイ事』で日常を済まさないようにしている。

       

       

       

       

       

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      生きることは、死と隣り合わせ

      2016.12.27 Tuesday 05:25
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        昨日、英国歌手の『ジョージ・マイケル』が死んだとのニュースを聞いた。

         

        享年53歳。ボクよりも年下だ。若いと言えば、若い。江戸時代なら寿命。

         

        だが、ここ数年、毎年。有名なミュージシャンの死のニュースが多いのだ。

         

         

        昨年も多くの人が死んだ。今年も多くの人が死んだ。ある意味、当然の話。

         

        生とし生けいる物、皆死ぬ。生命が誕生した瞬間から、死に向けて生きる。

         

        また、生は、常に『死』と隣り合わせだ。命は、一瞬で絶えることがある。

         

         

        ボク自身、50を過ぎた頃から、死を意識している。死の準備をしている。

         

        いつ、どこで、どうなるか。誰にも、何も、判らない。保証などないのだ。

         

        ボクは、それを二十歳前に大事故を経験した時、まさしく、切実に感じた。

         

         

        ちょっとズレていたら、死んでいても不思議ではない。たまたま助かった。

         

        子供の頃から病気と共に生きていると、『命』について考える機会が多い。

         

        時には、精神世界に迷い込んだり、宗教について模索したり、迷走もした。

         

         

        人は『弱った部分』を餌に、『救い』へと呼び寄せる。藁をもすがらせる。

         

        だが、ボクは、どれにも頼ることを拒んだ。頼る内は救われない気がした。

         

        体は、宇宙のように、あらゆるバランスを以て常に『命』を維持している。

         

         

        ここ数年、あらゆる体の不調に悩まされ続け、もうこれ以上は勘弁を願う。

         

        日々、不安を抱えながら生きることは、ある意味、拷問にさえ感じられる。

         

        いっそ、楽にしてくれ。などと投げやりにもなるが、結局、必至に生きる。

         

         

        いずれ、必ず、死ぬのだから。その瞬間までは、必至に生きてやる、とね。

         

         

        プリンスなど、同世代の人が亡くなる。彼もいい味が出てきた矢先だった。

         

         

        ジョージは低迷を続けたまま逝った。彼の声は絶品だ。特に、バラードが。

         

         

         

        低迷する時期に、名曲をジャズ風味で唄ったアルバムは魅力に溢れている。

         

         

         

         

         

        合掌。そして、感謝。

         

         

         

         

         

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        健康は財産、というけれど

        2016.12.22 Thursday 08:28
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          人生の殆どを体調不良と共に過ごしていると、病気は切実な問題になる。

           

          健康が、いかに尊いか。これは、苦しみに耐える中、強く感じることだ。

           

          よく食べ、よく寝て、よく働く。人間にとって、とてもありがたいこと。

           

           

          生まれる前に命が危ぶまれ、生まれながらに病弱だったことは否めない。

           

          物心ついた頃から病院ばかり。歯医者や耳鼻科等含め通院が日常だった。

           

          もはや、病院アレルギーも深刻で、病院へ行くと、却って具合悪くなる。

           

           

          だが、親が年老いて通院、入院とか、年中病院へ行くのは避けられない。

           

          この2〜6年程は、年間100日前後程、病院に通っていた記憶がある。

           

          出来れば健康で、病院に縁がない方がいい。病気は、経済負担も大きい。

           

           

          で、先月、健康診断で3つの項目で再検査となり、先日その検査だった。

           

          3つの内、1つは辛うじてセーフ。で、2つの再検査はバツ。治療、だ。

           

          総合、5つの病気を抱えることになった。2つは、治療を中断している。

           

           

          経済的問題もあるが、半ばは『諦め』だ。命に関わることはないとして。

           

          薬に頼らないといけない病気は通院を絶やせない。絶えることない憂鬱。

           

          で、今回の1つは心臓だ。ホルター心電図という簡易心電図装置を装着。

           

           

          24時間、装置を首からぶる下げ、行動記録を事細かく、メモするのだ。

           

          で、その結果は来年になる。まあ、今更じたばたするつもりはないのだ。

           

          今まで何十年も病気を抱える自分と付き合ってきた。それに変わりない。

           

           

          ここ数年の体調不良の原因が二つ判っただけでも有り難いことだと思う。

           

          どんな状況であるにせよ、現実を受け止めるしか、生きる術はないのだ。

           

          悲観するだけ負に引き寄せられる。楽観しないまでも、生きるしかない。

           

           

           

           

           

           

           

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          諦めることは、最後までしない

          2016.11.26 Saturday 07:37
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            諦めることは、実に簡単なことだ。

             

            生きることは、実に大変なことだ。

             

            でも、死ぬのは実に簡単なことだ。

             

             

            人は、死に向かって生きている。

             

            死は、避けられないことである。

             

            でも、死のうとすれば簡単に出来る。

             

            だから人は日々、必死に生き続ける。

             

             

            簡単なことをしてしまえば楽だろう。

             

            しかし、楽なことを選択していては、

            いつまでも『楽』にはならないのだ。

             

             

            どんなに追い詰められても、

             

            諦めることは、最後までしない。

             

            諦めた時は、最後だと覚悟している。

             

             

             

             

             

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            痛い

            2016.11.22 Tuesday 15:56
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              い、痛い。

               

              眠れない。

               

              歩けない。

               

               

               

              もう、心なんか。

               

              どっか行っちまった。

               

               

               

               

               

               

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              心も体も、動こうとしてくれない

              2016.11.12 Saturday 08:28
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                やること。やるべきことはなくならない。

                むしろ、どんどん増えていく一方である。

                 

                なのに、心も体も動こうとしてくれない。

                疲れた、とか。それさえ言葉に出来ない。

                 

                介護、という問題。複雑で、繊細である。

                そこに、正解を求めてはいけないものだ。

                 

                ただ、ひたすら、『やらせて頂く』のみ。

                それは、生命すべてへの『感謝』になる。

                 

                まさに、自分も日々、年齢を重ねている。

                自分は独り身なので、準備の日々になる。

                 

                 

                努力。頑張る。気合い。精神力。って何だい。

                もはや、単なる言葉。単語。文字に過ぎない。

                 

                例えば、うつ、という病気。

                これには、『禁句』なのが、それらの言葉だ。

                 

                努力を惜しまずに、頑張り過ぎた結果、

                心身にあらゆる『支障』を来す病気だ。

                 

                心が弱いだけなら、その前に防御する。

                 

                自分をこんなにまで、追い詰めたりはしない。

                 

                追い詰めなければ、生活の柄は濁りを極める。

                当然、やらなければ、問題は山積するだけだ。

                 

                そのそびえる山を前に、言葉を失うのは簡単。

                 

                 

                今日が何曜日なのか。何日なのか。

                 

                確認するのは、ゴミ出しの時だけ。

                 

                寒さも増し、たぶん冬なのだろう。

                 

                 

                 

                 

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                愛嬌、愛想、度量、嘘偽りなく

                2016.11.10 Thursday 13:09
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                  半世紀以上、『人間』をやってきてつくづく、しみじみ思うこと。

                  それは、『嘘偽りがない』ことの大切さ。尊さ。難しさ、だ。

                  人は、『嘘をつく』し、『偽り』を纏うことが得意な生き物。

                   

                  自然のあり方に抗い、『知恵』や『工夫』を身につけて、

                  それを『悪しき』形で自分の中に取り込み、提示もする。

                  知識は、どうにでも捉えられ、良くも悪くも使い分ける。

                  人は、常に『試されている』ことの証しにもなるだろう。

                   

                  ボクは、生まれてから、何人の人と出逢い、接触してきただろう。

                   

                  その中で、確実に、『人を選んで、態度や言葉を選ぶ』人がいた。

                   

                  まさに『別人格を演じる』かのように、見事に豹変し、演じ切る。

                   

                  バカ正直なボクは、その類いの人に対して、狼狽え、混乱をした。

                   

                  果たして、自分は『嘘をつかれているのか』どうか。

                  果たして、自分は『偽り』を提示されているのか。

                  それを見極める能力を持つよう、促されているのか。

                  そこで、敢えて、『答え』なんて求めないでいた。

                   

                  ので、まずは『信じる』ことにしている。

                   

                  その選択を委ねられたのは、自分であり、

                  その選択をしたのは、自分に違いはない。

                   

                  何が起きようと、『裏切られた』なんて、

                  ある意味、『自己責任』だと受け入れる。

                   

                  それでも、巧みに『態度を変えられる』人に接すると、

                  驚きと同時に、戸惑いつつも、対応はやぶさかでない。

                  だが、『判った風な顔は出来ない』ままにやり過ごす。

                   

                  そこで、人にとっての『愛嬌』『愛想』というものについて。

                  ボクは考えるより前に、その『人』に触れてみることにする。

                  その人に宿る『魂』や『心』というものなど、見えやしない。

                   

                  ならば、『信じる』しか、術はないのだ。

                   

                  言葉の暴力や具体的な行動などで、人は人を殺せる。

                  人は、『命』を守ることは難しくても、奪うのは容易い。

                  それには、抗えないことを前提に人と向き合うのだ。

                   

                  で、自分の身や心で受けた『人間関係』から見えるもの。

                   

                  それには、『嘘』も『偽り』も『固定概念』ではない。

                  まさに、『真実』なのだろうし、『事実』に違いない。

                   

                  自分で『嘘』『偽り』の判断をするのではなく、

                  あらゆる『事象』や『現実』に委ねるしかない。

                   

                  そんな具合で、人は、凡そ、

                  時に、精神状態や、体調で、

                  態度や言動が変わったりすることは否めない。

                   

                  だからこそ、常日頃から、『誠心誠意』の姿勢でいたいと思う。

                   

                  ボクが、他人として、他者に接する時には、それを重要視する。

                  どんなに自分の制御が困難な時でさえも、少しも軸がブレない。

                  そんな人が好きだ。そんな人になりたい。そう心掛けて生きる。

                   

                  そこに『想像』があるならば、『嘘』なんて、必要とはしない。

                   

                  そこに『創造』があるならば、『偽り』なんて、用意されない。

                   

                  あらゆる『想定』をしつつ、『信念』の許、瞬時に対応をする。

                   

                  笑顔。それは、日頃、心から心が緩められるから、自然と出る。

                   

                  言葉。それは、歳月の積み重ねの中で、心で培養、熟成される。

                   

                  昨日今日、で簡単に用意出来るものではないのだと感じている。

                   

                   

                   

                   

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                  このままでは、いつかは潰れる

                  2016.06.09 Thursday 08:18
                  0

                    ボクは日々、心身の状態が悪くなっている実感を持っている。

                    体調不良、精神的圧迫感、閉塞感、あらゆる要素が捩じれて。

                    毎晩、夜中は地獄の如く、ここ数ヶ月は常夜灯を点けている。

                    暗闇が漆黒の深い闇に感じられ、仄かな灯りにすがっている。

                    無理矢理、眠剤による僅かな眠りでは身も心も休まらない。

                    しかも、必ず見る悪夢は、日を追う毎に凄まじくなっている。

                    よくぞこれ程に悲惨なネタが、心の中に満載されているものだ。

                    余りに酷くて、脂汗と共に目覚め、しばらくは現実に戻れない。

                    血管に鉛を流し込まれたように、体中が重苦しく、

                    起き上がる力など湧いてくる気配も感じられない。

                    何とか、気力を振り絞って、這い上がるように起き上がる。

                    すでに4年近く続く『激しい耳鳴り』は最高潮に達している。

                    少しでも、『諦める』気持ちが勝ったら、もうお終い。

                    しかし、やることは山のようにある。それが暮らしだ。

                    生きるために、生きることと必死に向き合っている。

                    でも、このままなら、いつかは潰れそうな気がする。

                    精神力、ってどんなものなのか判らないにしても、

                    そのような『見えない力』を総動員して日々を繋いでいる。

                    生きることがこんなにも苦しみしかないのに、

                    なぜかボクは生きることをヤメたいとは思わないのだ。

                    もしも潰れたのなら、自分の中から蘇生を促すだけだ。

                    誰かを頼りにしないのが、『自分を生きること』だと。

                    ここ数年、ボクの中では確かなものに感じられるのだ。

                    血反吐を吐こうが、苦しみにのたうち回ろうが、起き上がる。

                    潰れることは、想定内のこと。恐れるに及ばないのだ。



                     

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                    押し込まれたバネは、弾け飛ぶ

                    2016.04.20 Wednesday 13:37
                    0


                       

                      弾力のあるバネを押して縮めれば、それを放したら、勢いよく飛び跳ねる。


                      これは、別に学術的に理解する以前に、色々な経験で凡そは想像が出来る。


                      現代社会は、この『押して縮められた』状態が続いているようにも感じる。



                      何事においても、少しずつ、少しずつ、『所定の場所』まで押しやられる。


                      更には、上から横から、圧縮されるが如く、動けないよう締め付けられる。


                      そして、それに耐えられなくなったものが、『バチン』と跳ね上がるのか。



                      ボクは、人との関係を持てなくなった。それを望んだ訳でもなく、なった。


                      実際は、人との関わりを渇望していることが、自分では判っていることだ。


                      その感情を心の奥底に閉じ込め、蓋をして、見ないように努めているのだ。



                      世界情勢の混乱。今に始まったことではない。人はずっと争いをやめない。


                      他者を否定して、他者を排除しても、人は、自分一人では存在意義がない。


                      なのに、徒に他者を否定してきた自分がいることをボクは知っているのだ。



                      いい歳になって、それが『自己防衛ではない』との勘違いに気付く愚かさ。


                      愚かは、今に始まったことではない。あの頃にはあの頃なりに愚かだった。


                      今は、今で、愚かなままだ。その痛みを身を以て感じることで確認をする。



                      つい数年前、地震による甚大な被害が出て、ボクは酷いウツの底に堕ちた。


                      実際に被災していないのに、心は固まり閉ざし、生活に支障を来したのだ。

                      その傷を抱えたまま、またしても、起きてほしくない哀しみが襲ってきた。
                       


                      現代社会におけるSNSのあり方に、ボクはうまく適応出来ないのである。

                      携帯電話はただ電源が入ったまま、何の機能もしていないまま所持をする。

                      まして、スマートフォンなんて窮屈な物にしか思えなくて持ちたくもない。



                      人と人が面と向かうことなく、デジタル信号で『繋がる』のかが判らない。


                      世で言う『ディスる』ってあり方がどうしても許せない自分がいたりする。


                      一方で、そのSNSにより、被害を防いだり、不便さを補うことも出来る。



                      要は、『物は使い様』なのであり、『人の心』のあり方が試されたりする。


                      心に『悪魔』がいるか。『愛』があるか。それが『物』を介して示される。


                      どうすれば、『そんなに非情になれるのか』というような行為を人がする。



                      人が人を混乱させ、一方で人が人を救う。うまく把握出来ない自分がいる。
                       

                      でも、心の奥底に閉じ込めた『大切なもの』をボクはまだ信じているのだ。
                       

                      愛が地球を救うなんて口が裂けても言わない。でも、愛は人を救えるのだ。



                      押し込まれたバネが一旦放たれると無謀に飛び跳ねる怖さにボクは怯える。



                      どうか、押し付けないで。押し込まないで。忍耐も付き合い方次第だろう。



                      こうした形でSNSの使い方を模索する自分も『何も出来ていない』のだ。



                      それでも、これ以上、人が人を貶めたりすることが起きてほしくないのだ。



                      それも、自分の個人的エゴである。どこまで行っても正解は見つからない。






                       

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                      みんな、黙って、死んで行く

                      2016.02.14 Sunday 14:16
                      0



                        ポール・ブレイ。享年83歳。


                        ナタリー・コール。享年65歳。


                        デヴィッド・ボウイ。享年69歳。


                        グレン・フライ。享年67歳。


                        オーティス・クレイ。享年73歳。


                        モーリス・ホワイト。享年74歳。


                        松原正樹。享年61歳。



                        ボクの愛したミュージシャンがここ2ヶ月くらいの間にたくさん死んだ。



                        ちょうど、ボクが二十歳前後、病気になる直前にも、


                        ジョン・レノン。享年40歳。


                        アート・ペッパー。享年56歳。


                        セロニアス・モンク。享年64歳。


                        ビル・エヴァンス。享年51歳。



                        その当時、夢中になって聴いていたミュージシャンが立て続けに死んだ。



                        その頃の、『あの感じ』を思い出す。



                        当時のことは本当によく覚えている。



                        悲しいとか。そういう感でなく、何だか『よく判らない感じ』だ。




                        ジョンが40歳? ビルが51歳?



                        今思えば、まだまだ、とても若かった、のだ。



                        もう自分はその年齢を過ぎてしまったので、まさによく判らない。




                        先日、長年ガンで闘病していた従兄弟が死んでいたことを知った。



                        我が家の事情を察してくれて、葬儀など一切が終わってから知らされた。



                        昨年の秋には、普通に電話で喋った人が死んでいたのだ。




                        みんな、黙って死んで行ってしまう。




                        現実味がなくて、どこかで生きているような気がする。



                        それまでと同じように、自分の暮らしとは繋がりなく。



                        人の死とは、そういうものなのか。よく判らないのだ。




                        ボクは、苦しみに堪え難くとも、こうして必至に生きている。



                        それでも、もうそんなに長くは生きているような気がしない。



                        自分の中で『死の準備』を始めて10年近くが経つだろうか。



                        後悔しないよう『その日を精一杯生きる』なんてしていない。



                        ただ、ひたすら、『その日を生きるだけで精一杯』なだけだ。




                        いずれにしても、いつでも『死』を意識しながら生きている。









                         
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