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2017.07.23 Sunday
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    人を想うことで、生きられる

    2014.11.21 Friday 02:02
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      心にぽっかり、穴が空いたように感じるのは、こういうことなのか。



      先日、映画俳優『高倉健』さんが亡くなったとのニュースを聞いた。



      その瞬間、ボクは、心が欠け、崩れてなくなっていくように感じた。




      肉親でも知人でもないのに、大切な人を亡くしたショックを受けた。



      しばらくは酷いウツ状態に陥り、欠けた心を拾い集めることも出来なかった。




      ボクは高校生の時に、『野生の証明』という映画で初めて、『高倉健』を意識した。



      その映画で鮮烈にデビューした『薬師丸ひろ子』に惹かれた不純な動機で観た映画。



      映画そのものは殆ど印象に残るようなものではなかったが、『高倉健』は刻まれた。




      その存在が、ボクの心にいきなり飛び込んできて、感銘のような衝撃を受けた。



      それから以後、ボクは健さんの出演する映画をすべて観た。過去のものも観た。



      その『役』として惹かれつつ、その向こうに泰然自若とある人間性に惹かれた。




      なぜだか、その人が画面に存在する姿だけで涙が出てくる。『想い』が溢れる。




      言葉を幾ら並べても、足りないくらいに、多くを学ばせて頂いた。





      その人が座右の銘とした



      『往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし』



      という『想い』にすべてが集約されている。




      本名・小田剛一ではなく、最期まで人間『高倉健』を生き抜いたような死に様だ。




      ボクは、まさに、その人の『生きる姿勢』を励みに、ここまで来れた部分がある。



      自分を受け入れ、幾多の困難や苦悩も精進の糧として悔いを残さないようにする。



      それを再確認させて頂いただけでも、その人の死は、大いなる礎になってくれる。




      このようなロクでもない、自分という人間を生き抜くことを取り込もうと思える。



      ぽっかりと空く程のちっぽけな心しか持ち合わせていない自分を改めて確認した。



      それに感謝の『想い』を抱いてやまない。人を想うことで、人は生きていられる。




      でも、頑張りたいのに、頑張れない。頑張る程に、病気は悪化し、空回りをする。



      実際に、ボクはここ数年『誰とも関わりもなく』、母とだけの暮らしの中にいる。



      母のために、母が少しでも長生きしてくれるように、そのためだけに生きている。




      たった一人でも、『想う』人がいる。苦しんでもなお必死に生きている母がいる。




      その人のためだけにも、ボクは生かされているのだろうか。だが、先は見えない。




      心が痛くて、不安しかなくて、自分が生きているとは思えない。個人的な問題だ。









       
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      同じ土表に降りない、賢さが必要だ

      2014.05.03 Saturday 15:57
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        ボクは、サッカーに興味はないのだが、あるサッカー選手の行動には共感をした。



        人種差別を示す『有色人種』の選手に対して、バナナを投げ入れた愚か者がいた。



        その『偏見』を向けられた選手は、さり気なくバナナを食べてプレイを再開した。




        これには、何とも感動すらしてしまうし、ボクなどは、尊敬の念を抱いてしまう。



        上から目線で見下げられたにも関わらず、愚か者と同じ土表に降りずに、コトを済ませた。



        これは、ボクのような『愚か者』には、なかなか出来ないことだと痛感してしまったのだ。




        ボクは、バカで愚かで、未熟なので、つい『同じ土表に降りて、臨戦をしてしまう』のだ。




        このゴールデン・ウィークを筆頭に、天気のいい週末に現れる迷惑な人間たちに対抗する。



        彼ら、『自分本位の行動に何の疑問も持たない輩』と同じ土表に降りて、怒りを露にする。



        それが、ボクという『愚かな人間』なのだ、と先のサッカー選手に現実を突きつけられた。




        彼に、賢さがなければ、愚かな行動に出た人間と同じ土表に降りて、怒りを示しただろう。



        ところが、彼は、『何事もなかったように、自分の中の正義』を無言に示したのである。



        これに共鳴、賛同した人たちも、バナナを口にして、『人種差別』の愚かさの意識を示した。




        これら一連のあり方に、ボクは『ああ、自分は、何て愚かで、未熟なんだ』と猛省した。




        案の定、このゴールデン・ウィークには、『迷惑なバーベキュー人間が大挙訪れている』のだ。




        だが市役所も警察も『何もしない』のだから、彼らは図にのり、自らの行動に疑問も持たない。



        それを示すのが、『一日中、路上駐車をして、酒などかくらって』平気でいられることだろう。



        そして、他人にとって『悪臭でしかないバーベキューを住宅街でやれる』という無関心な愚行。




        これに、ボクは何年も『怒り』と『苛立ち』を抱え込み、自分で自分を苦しめ続けてきた。



        世の中に対する『憤り』に便乗させていたのかもしれない。そのように、ボクも身勝手だ。



        それに気付かされたのは、先のサッカー選手のさり気ない、粋な行動だったのである。




        ボクは、『目の鱗が落ちる』ということをこんなにも現実的に体験したことはない。




        サッカーに詳しくないので、誰かは知らないが、その選手に感謝して止まないのだ。






        ただ、人種差別も、身勝手な迷惑行為も、社会からなくならないのはまた別問題だ。




        ボクは、『バーベキューの悪臭』を防ぐために家中の窓を閉めて、室温30度の中。




        何かが腑に落ちない。どう考えても解せない。警察や役所の怠慢の犠牲になるのか。





        世の中、人間の世界は、『歪み』『差』『無意識』『利己主義』などは、なくならない。




        それをただ嘆いているだけでは、何も進歩がないことを、一サッカー選手に教えられた。




        彼は、年齢的に歳下だが、そんなことは関係ない。ボクよりも、遥かに賢い人だと思う。









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        女なんだから、化粧もするんだよね

        2014.04.09 Wednesday 05:22
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          昨日、とても天気が良かったので、午后になると、母が外に出たいと言った。



          ふと見たら、いつもの血色の悪い顔に、化粧をしていた。



          それは褒められたようなものではなく、ファンデーションもまばらで口紅もズレている。




          ボクは冗句のように、『何、化粧なんかしちゃってるの』と笑いながら言った。




          母は久しぶりに外に出る意気込みを持って、身を整えたかったのらしい。



          パジャマの上に、カーディガンとズボンを着て、笑顔でボクを見ている。



          少しだけなら、と思い、ボクはいつでも休めるように携帯の椅子を持つことにした。



          車椅子は、『歩くことを諦める』と想い、極力使わないようにしたいのだ。




          先日転倒したばかりなので、ボクは慎重に母の手を握り、歩幅を合わせて歩く。




          当然だが動きは鈍いし、すぐに疲れて椅子に座る。



          でも、母は『笑顔』で『嬉しい』と言ってくれた。




          遠くの桜の木を見ては、『まだ咲いているのね』と言い、



          ボケの花を見つけては、『まあ、すごくキレイ』と笑う。




          時間にして、ほんの5分とちょっとだけだったのだが、母は笑顔を見せてくれた。




          どんな時にでも、『笑顔』になれることは、『生きている』証しだ。




          ボクは、家に戻るとすぐに布団に横になったのだが、久しぶりに母の笑顔を見た。



          そのことだけで、充分幸せな一日になったのだ。










           
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          持つべきものは『友人』なのか

          2014.02.02 Sunday 13:31
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            ここ十数年で、ボクは古い友人をすべて失った。これは、本当に寂しいことなのか。



            ボク個人は、特に寂しくはない。むしろ、今までの経験からすれば、『楽』である。



            勝手な理屈を押し付けられたり、余計なお節介をされたり、いい想いはしていない。




            ボクが捻くれているのか。自己判断は避けることだ。いい人との出逢もなくはない。



            ところで『友人』って何だい。学生の頃から親しいとか、よく一緒に遊ぶとか、か。



            何でも話せるとか。一緒にいて楽しいとか。趣味が合うとか。そんな曖昧なことか。




            そこに『誠意』はあるのか。そこに『信頼』はあるのか。ボクには判らないことだ。



            こっちが勝手に『友達』と思っているだけで、相手はぜんぜんそうは思っていない。



            会う時には『友達』という顔をするけれど、影では『悪口』を言っているなんてね。




            絆とやらがあったり、信頼関係があったりとか、『友達』としての定義はないもの。



            だったら、『ともだち』なんて呼ぶ人なんていない方がすっきりサッパリするのだ。



            恐らく、友人とは、病気が介在したボクのせいで、縁が切れた。必然的な成り行き。




            そんな中、数年前に、リハビリのためにやっていたバイト先で知り合った人がいる。



            彼は妻子持ちで、ウツ病を抱えながら薄給のバイトで辛く質素な暮らしをしている。



            現在、『ありがたい』言葉を心から戴けるのは彼だけだ。ボクはただ感謝するのみ。




            事情は知らないが、数年前に妻子を連れて故郷の広島を出て、東京のこの街にきた。



            貧困ゆえか、私服を持っていなくて、会う時には休日も同じ『作業着』を着ている。



            温厚で、穏やかな笑顔で、話は最後まで聞き、きちんとゆったり『会話』が出来る。




            お互いの過去は何も知らない。聞かないし、話さない。信頼は、そこじゃないのだ。



            ボクは友人がいないので、愚痴や弱音は他人に吐かない。ただ、彼とは話が出来る。



            そんな彼は、『何かあったら、なくても、いつでも電話してください』と言うのだ。




            自分から何かを求めず、謙虚に向こうから自分を提示してくれる真摯さに敬服する。



            見返りは求めない。感謝の気持ちを生む。尊重し合う。馴れ合いにならない。等々。



            もしボクの中に友人という繋がりがあるとするなら、このような謙虚な関係になる。





            だが、経験上は『都合良く利用して、面倒になったら見捨てる』のが過去の友人だ。



            これは、ボクという人間が呼び寄せた『自業自得』な結果であり、必然的なものだ。



            なので、そういう人達を悪く思ったりすることは、自己否定にもなる気がしている。





            ただ、今唯一、話が出来る彼とは、自己肯定してもいいのではないか、と思うのだ。





            相手に『求める』のでなく、自分に『何が出来るか』で、優しさや信頼は後付けだ。





            まだ知り合って数年で、年齢はボクより幾つか下だけれど、年齢も年数も関係ない。





            持つべきものは『友人』なのか。ボクには判らない。でも、彼は大切な友人である。








             
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            引き際に見る、潔さと懐の深さ

            2013.11.21 Thursday 03:33
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              名前を隠しても意味がないので出すけれど、『もんた』さんの往生際の悪さがスゴい。



              あのような人が、堂々と不適切な発言を繰り返すテレビ、マスコミって不可解な世界。



              その『もんた』さんといい、元プロ野球選手の『英二』さんといい、いい年齢の人だ。



              そのような人が、懲りずに『世間のひんしゅくを買う』ような発言を平気でするのだ。




              ボクには関係ない話だが、昨今は、急速なネットなどの普及で、テレビが瀕死状態だ。



              それでも、メディアとしての影響力は大きいと思う。『反面教師』としてならアリだ。



              客観的に『ああいう歳の取り方はしたくないな』と学習の素材にはいいかもしれない。



              ボクが言うと傲慢以外の何モノでもないのだが、『引き際の潔さ』は大切に思うのだ。




              彼らとは対照的なのが、『タモリ』こと、『森田一義』氏だ。この人は、素晴らしい。



              その努力を全く見せない、長寿番組の終わりを告げる時の『潔さと謙虚さ』は見事だ。



              一語一句、贅肉もなく、感謝の気持ちを示す。そこに『嘘』はないとボクには思える。



              人の感じ方は様々だから、色々な感じ方があって当然だが、ボクは『愛情』を感じる。




              その昔、『タモリ』なる異様な人を最初に目撃した時『ただ者ではない』と惹かれた。



              デビュー当時に出したレコードは、今でもCDで愛聴しているが、鮮度は落ちてない。



              かの『赤塚不二夫』氏の葬儀での伝説の弔辞から、『能ある鷹は爪を隠す』と感じる。



              自分を『赤塚不二夫の一つの作品』と言う謙虚さも、人としての器の大きさに思える。




              いつまでも『懲りない』もんたさん。一切『過去を引きずらない』タモリさんの違い。



              『どう生きたかが、どう死ぬか』という引き際に人間性が如実に現れる気がするのだ。



              よく言う『天才は、1%の才能と99%の努力で出来ている』とは、言い得て妙、だ。



              死んだ後に評価される芸術家が多いのは、別に『悲しいこと』じゃないとボクは思う。




              努力が報われるか、なんて『考える時点で、終わり』だとボク個人は思ってやまない。




              本人の中で人生の幕を引くことが出来るのなら、悔いはないのではないかと想像する。








              これはボクの勝手な自己満足に過ぎないことなのだが、森田氏の弔辞の全文がこれだ。




               「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。


               10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。


               終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないなら、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。


               しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。


               赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。


               あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。

               あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。


               いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。


               あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。


               私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。

               合掌。

               平成20年8月7日、森田一義」




              これは、白紙の原稿を読む振りをして、その場で心から持ち出した言葉とされている。








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              能年玲奈さんに、笑顔をもらう

              2013.05.13 Monday 03:13
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                それは『カルピスウォーター』のCMを観た瞬間だった。ボクは満面の笑みになった。



                画面の中には、一瞬で人を笑顔にさせる『能年玲奈』がいた。まだ幼さの残る19歳。



                あどけなく、少年のようでもある。元気溌剌なのに、まったく嫌みがないのが素敵だ。




                それから数ヶ月経ち、この春から始まったNHKの朝ドラの主役として毎日観られる。



                母親役の『小泉今日子』に『天才的コメディエンヌ』と言わしめた期待の女優さんだ。



                その『小泉今日子』も素晴らしい味を出す。40歳を過ぎて、益々魅力が増している。




                宮藤官九郎の脚本のテンポの良さを手探りで演じるも、豊かな表情の魅力は開花した。



                一点の曇りもない真っすぐな瞳。豊かに彩り映える表情。どれを取っても素晴らしい。



                演技云々などどうでもいい。まだ未知なる可能性だ。巧い下手など評価にもならない。




                ボクが愛してやまない『綾瀬はるか』さん以来の逸材、と勝手にボクは期待している。



                ドラマの評判も上々で、ロケ地である東北の久慈には観光客が押し寄せているらしい。



                日々刻々ヘビーだ。語るに及ばない。そのボクを笑顔にする『能年玲奈』さんに感謝。














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                謙虚さが奥行きを生むのだろう

                2013.05.07 Tuesday 00:07
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                  先日の子供の日に、長嶋氏と松井氏の国民栄誉賞の授与式にボクは感銘を受けたのだ。



                  ボクは、泣いた。泣くのに理由はいらない。ただ、ただ、涙が溢れて止まらなかった。



                  松井氏の引退セレモニーを含めて、実に素晴らしい式典だった、と久しぶりの感動だ。




                  病気を克服し、懸命なリハビリを続ける長嶋氏がグランドに立つ姿は、元気をくれた。



                  ボクは、王、長嶋世代に辛うじて引っ掛かる。彼らの魅力に子供ながら興奮したのだ。



                  もう、長嶋氏のような『人を楽しませる』スポーツ選手はそう現れないと感じている。




                  その長嶋氏の素晴らしさを改めて再認識させてくれたのが、松井氏の謙虚さだと思う。



                  彼のスピーチの素晴らしさは、文章を考えたって出てはこない。彼の魅力そのものだ。



                  そこには、まず『謙虚』な姿勢が根底にあることだ。自己主張しないで、心を育てる。




                  常に尊敬をする長嶋氏の影を踏まないような振る舞いは、一歩引く勇気によるものだ。



                  病気で体が不自由な長嶋氏に嫌みなく『手を添える』ことが出来るのは、人徳だろう。



                  すべては長嶋氏を引き立てることに尽くす。長嶋氏のために、承諾した栄誉だと思う。




                  だから、松井氏は愛された。ボクも愛している。ボクより一回りも歳下だが関係ない。



                  敬ってやまないくらいに、素晴らしい人と同時代に生きていられることに感謝をする。



                  何かの教えを頂戴することに年齢も性別もない。松井氏にそれを教えてもらったのだ。





                  本物のプロとは、『努力』『苦労』を見ている人に感じさせないことだとボクは思う。



                  人の知らない所で積み重ねるからこそ、あらゆる『表現』にすべてが集約されるのだ。



                  その『表現』に人は感動し、心躍らせる。それが、『謙虚さ』のもたらす産物だろう。





                  人の心に存在する『謙虚さ』『慎ましさ』は、人の心を『和ませ』『潤わせる』のだ。



                  あらゆる存在に感謝する『謙虚』な気持ちが、心に奥行きをもたらせてくれると思う。



                  心に奥行きが持てたなら、更なる奥行きを生める心を持てる。すべては因果応報、だ。





                  ボクが、どんな言葉を用意しても、松井氏の足許にも及ばないことは言うまでもない。







                  野球だけでなく、人としての言動や姿勢が『見られる人』としての手本のような人だ。



                  もちろん、ジャイアンツ時代に見せてくれた『ホームラン』の凄さに感動したボクだ。



                  優れた肉体と技術だけでは、あのホームランは打てない。心の奥行きが成せる表現だ。





                  今回の国民栄誉賞は、その松井氏の『人間性』に贈られた、と言っても過言ではない。




                   




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                  • 幻の中の、ポール・マッカートニー
                    HAWK2700
                  • 好き、という気持ちは力になる
                    hallysmile
                  • 好き、という気持ちは力になる
                    なお
                  • うまく息が出来ない、のなら
                    hallysmile
                  • うまく息が出来ない、のなら
                    HAWK2700
                  • なぜ生きるのか、考えても意味はない
                    hallysmile
                  • なぜ生きるのか、考えても意味はない
                    HAWK2700
                  • その人は、キンクスが好きだった
                    hallysmile
                  • その人は、キンクスが好きだった
                    kazu
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