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2017.07.23 Sunday
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    シベールの日曜日、田舎の日曜日

    2014.08.31 Sunday 19:10
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      ボクは映画が好きだ。心が揺さぶられる。自分の中の様々な感情が呼び起こされる。



      だが、ボクは30年前から劇場とか映画館ではパニック発作を起こすので行けない。



      もっぱら、テレビ画面で観て来た。これを邪道だと言われてしまえばそれまで、だ。




      だが、スクリーン体験も重ねているので、ボクの中では『映画』に変わりないのだ。



      一度、その『世界』に呑み込まれたなら、画面も糞も無い。あら、乱暴じゃないか。



      いいんだ。好きなものなんて、『主観』でいいと思う。『好き』か『嫌い』か、だ。




      そこで、最近はすっかり映画が観られない。時間的にも、体調的にも不可能に近い。



      その昔、病気が改善する一旦を映画が引き受けてくれた。映画が救ってくれたのだ。



      それからというもの、年間に200本近く観倒した。観たくて観たくて仕方がない。




      そこで、ボクはレンタルで観るのが苦手なので、DVDになって一度も借りてない。



      凡そ、ボクの観たいようなものが近所にはないからだ。人気の作品は凄い数なのに。



      最近はレンタル屋に行ってないので、実情は判らないが、もう借りる気にならない。




      かつてサラリーマン時代にお金に余裕があった頃には、DVDを買いまくったもの。



      今はブルーレイになって、値段も高過ぎる。ボクの好きな映画たちはどこへ行った。



      ある日、突然、『シベールの日曜日』というフランス映画を観たくなったのである。




      だが、これも高価な品物で断念した。日曜日ついでに、『田舎の日曜日』も調べた。



      これは、廃盤になったまま、再発されていない。ボクの好きな日曜日が観られない。



      どちらも、需要は少ないだろうと思う。でも、ボクの中では愛すべき名作群の一つ。




      『シベールの日曜日』は、現代では『ロリコン』とかの観点から歪んで捉えそうだ。



      戦争で記憶をなくした青年と親に捨てられた少女の淡い恋を描いた、美しい映画だ。



      脚本の素晴らしさと、撮影の美しさ。何十年も前に観たのだが、また観たいと思う。




      『田舎の日曜日』は、フランスの、ある家族の日曜日を淡々と描いただけの映画だ。



      今時の刺激的な映画に慣れている人には、退屈だろう。『何も起こらない』のだし。



      だが、『何も起こらない』中に『暮らし』があり、『心の機微』が垣間見えるよう。




      ついでに、イギリス映画の『あなたがいたら/少女リンダ』というのが、大好きだ。



      主演のエミリー・ロイドの魅力が満載で、これが観られるなら、断食さえ厭わない。



      これとか、ビレ・アウグストの『ツイスト&シャウト』なんて販売される気配なし。




      ボクの大好きな映画たちは、どこへ消えたのか。DVDが1000円で買える時代。



      だがしかし、需要の少ない地味な映画など商売から弾かれる。それもやむを得ない。



      もはや、趣味も大衆に迎合するか、諦めるか。二者択一しかなくなったのだろうか。





      『シベールの日曜日』はこんなCM映像しかなかった。これは、いったい何だろう。










      『田舎の日曜日』は見つからなかったが、『少女リンダ』は原画のトレイラーを見つけた。



      数十年振りに観たエミリー・ロイドに感激。ラスト近く、お尻を出すシーンが観たかった。















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      ちょっと映画の話をしたくなった

      2014.06.11 Wednesday 09:28
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        ボクは、音楽をこよなく愛している。そして、映画も愛している。どちらも大好きだ。



        例えば『趣味は、音楽鑑賞と映画鑑賞です』なんて、言わない。自分の中では生活だ。



        なんて大袈裟な表現をすると、かえって訝しいのだが、そう思っているだけのことだ。




        そこで、最近思うのは、『音楽は、時間さえあれば触れることは出来る』のだけれど、



        映画は、『時間があっても、観られない』のである。時間的に体調や気力などが必要。



        最近、『長過ぎる映画が多い』気がしている。しかも『無駄に長い』と感じてしまう。




        肝心なのは、『上映時間』ではなく、『体感時間』である。要は『密度』の問題だ。



        状況説明や無駄な表現が多く、山場まで大袈裟な期待をさせるのか。定かではない。



        お金を掛けたり、CGを使って、『凄い』と思わせても、途中で飽きてしまっては。




        その、『中だるみ』があり、体感時間が異様に長く感じる映画が多い気がするのだ。



        なので、ボクはすっかり映画を観る気力が失せてしまう自分の問題としても捉える。



        しかし、まずは『脚本』に問題があり、『監督』の手腕にも疑問を持つのは事実だ。




        その昔、『ミニマリズム』とう言葉をよく聞いた。『必要最小限』の表現のことだ。



        小説では『ヘミングウェイ』を筆頭に、ボクの好きな『レイモンド・カーヴァー』等。



        彼らの文章は、極力『贅肉を省いて、余計な説明をしない』で、簡潔に表現をする。




        これは、映画にも存在した。極限まで贅肉を削ぎ落とし、装飾も廃する表現をした。



        若い頃『ロベール・ブレッソン』監督の『ラルジャン』という映画に衝撃を受けた。



        上映時間、85分。セリフも最小限に絞られているのだが、圧倒的な表現で魅せる。




        この映画で、彼はカンヌ映画祭の監督賞を受賞したくらいに評価も得ているようだ。



        その時、監督賞を同時に受賞したのが、『アンドレイ・タルコフスキー』という人。



        この人の映画は『長い』のが特徴。受賞した『ノスタルジア』も2時間以上の映画。




        だが、ボクは『タルコフスキー』に心酔し、『ノスタルジア』は一番影響を受けた。



        この映画は上映時間が長く、ひたすら『眠くなる』映画だが、台詞は最小限である。



        問題は、上映時間ではなく、何を表現するのかが簡潔に密度が凝縮されていること。




        昨今の映画は、まず脚本が練られておらず、無駄な説明が多く、醒める場合が多い。



        変に『泣かせよう』とする演出もこれに準ずる。従って、途中で飽きることがある。



        これは、ボク個人の主観だ。別に映画評論などするつもりはさらさらないのである。




        ただ、気力も集中力もない今のボクを飽きさせない映画が少ない、ってことなのだ。




        最近観られたのは、フィンランド映画。クラウス・ハロ監督『ヤコブへの手紙』だ。




        上映時間75分。台詞も最小限で、劇的なことも起こらず、淡々と繊細に綴られる。





        したがって、こんな状態のボクでも、すんなりと鑑賞出来た『素晴らしい』映画だ。





        と言っても、もう2年くらい前にDVDで鑑賞したので、劇場などには行けてない。









         
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        自分の中での、アンチテーゼを生む

        2014.06.08 Sunday 19:48
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          ボクの敬愛する人の一人に『萩原健一』という人がいる。通称『ショーケン』である。



          まあ、何度も離婚をし、薬で逮捕されるわ、撮影現場で問題を起こすわ、ロクデナシ。



          だが、彼はいつでも『彼』であり続ける。彼以外に『彼のような人』など存在しない。




          それくらいに、『魅力的』な人だし、彼を愛する人は皆、そう感じているだろう。




          常に『守りに入らない』感じがいい。昨今の表現者の、没個性的な体は無味無臭。




          彼は、父の浮気相手の子として生まれ、10代でアイドルとして女性達を虜にし、



          グループの中では最年少の16歳ながらにして、グループ内で突出してしまった。



          アイドルの『アンチテーゼ』として、『役者』の道に踏み込み、またして弾けた。




          最初に注目を浴びた『太陽にほえろ』では、長く続けるもじゃないと感じて、



          すぐに『殉職』という形で刑事役を降り、そのアンチテーゼとして生まれたのが、



          かの伝説の『傷だらけの天使』での、『愛が滲み出る』社会の根底での生き様だ。




          この『ドラマ』は、萩原健一と水谷豊という水と油である役者が見事に融合して、



          ある種、予想もしない化学反応を起こした『希有』作品だったと今観ても痺れる。



          彼らは、女性でなく、男を虜にした『魅力』が、画面から弾け出していたようだ。




          そして、彼は、その『アンチテーゼ』として、真逆の『前略おふくろ様』をやる。



          長髪をバッサリ切り、清潔な修行中の『板前』で、気弱な男を演じてみせたのだ。



          その後は、再び『歌手』として、カリスマ的な存在になり、それが『波乱』の始まり。




          一度『役者』を経ての彼は、『歌い手』としては、異様なくらいに魅力的だった。



          だが、その自分を維持するために、薬に手を出してしまう。典型的な破滅だろう。



          その後は、『瀬戸内寂聴』さんの許で、沈黙を守ったりして、自己再生を試みる。




          そこで、だ。『自己肯定』ってのは、実に『安易』なことでしかない気がするのだ。



          自分の信じる『価値』とやらを磨くことは、人の道筋をなぞるようにも感じられる。



          そこから『逸脱』した『冒険』こそ、『自分を裸で放り出す』存在意義にも思える。




          敢えて『茨の道』を選ぶ。安全な、人の作った道を歩むことは、誰でも出来ること。



          それを『否定』すること。これは、芸術など『表現』においては、大きな分岐点だ。



          かつて岡本太郎氏が『グラスの底に顔があったっていいじゃないか』と言ったのだ。




          ウィスキーのCMだった。ウィスキーグラスの底に『顔』を掘った彼の芸術作品だ。



          誰も思いつかないこと。『グラスの底に顔などなくてもいいが、あってもいい』と。



          そういう『柔軟な発想』は、未熟で愚かだったボクには、その昔、衝撃でもあった。





          そこで、ショーケンの言う『自分の中のアンチテーゼ』は、実に面白いと思うのだ。



          世の中には、人知れずに、『面白いこと』をやっている奴はいるもんだ。と感じる。



          やっぱり、『面白い』ってことは取っ掛かりの最初になる。『何じゃこりゃ』だね。





          最近の『表現者』さんは、正直『つまらない』人が多い。保守的で健全。無味無臭。



          映画も、テレビドラマも、同じような人ばかりが出ていて、似たり寄ったりの状態。



          もう、娯楽として『音楽』や『映画』を鑑賞する際に、『衝撃』は味わえないのか。




          これは、十代の頃のショーケンの歌声だ。演奏はヒドいが、ヴォーカルはすでに『ショーケン』そのものなのだ。



           






          誰も自分達の音楽など聴いちゃいない『アイドル』としての不満を抱えていた両巨頭『ジュリー』と『ショーケン』が『ロック』をやった奇跡だ。


          GSの人気グループ『スパイダース』『タイガース』『テンプターズ』の才能が結合したバンドも女の子の歓声に弾けて消えたがライブは最高だ。








          まあ、利権問題なのだろうが、『傷だらけの天使』や全盛期のライブなどの素敵な画像はぜんぜんないのだ。



          まあ、ショーケンの映像は、殆どない中、これだけがあった。ただ、これも彼の中のほんの一部でしかない。













          けれど、彼の中での『アンチテーゼ』=『ある種の自己否定』が、自身の魅力に繋がるなんて、素敵だね。











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          最近の女優さんは、裸が怖いのかな

          2014.04.30 Wednesday 09:36
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            日本映画がつまらない、と感じて久しい。特にテレビと連動している作品など酷い。



            ボク個人が酷いと感じるだけであって、世間様のことや評価は知らない。



            でも、かつてボクが思春期の頃に体験した映画とは明らかに『異質』な印象が強い。




            そして、『最近の女優さんは、脱がないな』と素朴に感じている。



            この『脱ぐ』ってのは、『裸を曝す』『演技者として役に成り切る』捉え方は様々。



            悲しいかな、昨今の日本においては、『ただ脱ぐだけでも話題になる』のも現状だ。




            映画そのものでなく、『誰某の女優さんが脱いだ』が一人歩きをしてしまう。



            しかも、そういう映画に酷い作品が多い。『女優の脱ぎ損』なんて言われる。



            実際に、ボクも観た限りでは、そのような『裸目的』だけの作品が多かった。




            『吉高由里子』『沢尻エリカ』『真木よう子』などは『脱ぎ損』と言われた。



            恐ろしいことに、蜷川は親子揃ってでヒドい映画で女優を脱がせてしまった。




            裸になるのは、役としてでなく、『自分を曝す』意識が強いのか、怖いのか。



            ボクは、女性でも女優でもないので、想像しても出来やしないのだ。




            ただ、『門脇麦』さんとか、若い女優さんが見事な脱ぎっぷりを披露していたりもする。






            かつて『必然性があれば、脱ぐ』なんて言う女優さんがいたのも確かにあった。




            だが、ボクの思春期の頃に尖っていた、例えば『ATG』などの映画は違った。



            旬の、しかも魅力のある女優さんは、私生活の中の出来事のように裸になった。



            それは、『映画』という作品の為、とかの理由だったかは定かではないのだが。




            敢えて現在に例えるなら、宮崎あおいさん、蒼井優さん、など映画女優なら当然。




            『桃井かおり』さん。『秋吉久美子』さん。『関根恵子』さん。『森下愛子』さん。



            彼女達は、殆どの映画で『裸になっていた』ような印象さえある。美しい裸だ。



            しかし、彼女達の自尊心が傷つけられたとか、単なる話題になったとかはない。




            映画を愛する人は、作品として、観るだけであって、『映画そのもの』を楽しんだ。



            まあ、そりゃ男なら『興奮したりはした』のは必然であり、それが前提としてもだ。




            日本人には、『裸』に対する『羞恥心』という捉え方が根底にあるのだろうか。




            ボクなどは、男ではあるが、『裸が恥ずかしい』なんて感覚はない。



            むしろ、『裸が恥ずかしい』という発想が恥ずかしいとさえ思える。



            他人に、異性に『裸を観られること』なんて、どうってことはない。



            そもそも、社会倫理的秩序として『服を来ている』だけで、元々は誰しも裸なのだ。




            本当に『恥ずかしいこと』とは、『人を欺く』とか『自己欺瞞』だとか、だと思う。



            そこで、映画に話を戻すと、外国、特にヨーロッパでは『裸』なんて、当たり前だ。



            人の生活を描いているのであるから、日常的に洋服や下着を脱ぐ。セックスもする。




            フランス映画などでは、『性器』が映る場合もある。実際に日本で売られる媒体でも。



            シャルロット・ゲインズブール主演の『僕の妻はシャルロット・ゲインズブール』だ。



            これでは、男性も女性も無数に裸で出ていて、当然、全裸なので、すべてが映される。



            男性器などは、形状が突起しているので、陰毛で隠されずにはっきりと出ているのだ。




            だが、フランス映画は、『そういうもの』でもある。裸がどう、とかの発想などない。



            今の日本みたいに、『あの女優が脱いだ』とか騒ぐことがむしろ恥ずかしいくらいだ。



            それで、『乳首も見せない』『ほんの一瞬だけ』とか落胆していたりするんだもんね。




            もはや『映画』というあり方との向き合い方からして、どうなんだろう?と思うのだ。




            いずれにしても、日本映画の終焉の中で、『商売』として足掻いている現状は切ない。




            ボクは、ただ『素晴らしい作品』があるだけで感謝しているのに、状況は八方塞がり。





            まあ、現実的な問題として、ボクは映画が観られないので、余計に切なくて堪らない。











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            映画って、本当にいいですねぇ

            2013.11.15 Friday 13:16
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              ボクは、映画をこよなく愛しているが、心身症の発作が怖くて、映画館には行けない。



              最後に映画館で観たのは、スピルバーグの『カラーパープル』だったので、28年前。



              それ以来、映画はすべてヴィデオや衛星放送でしか観ていない。でも、映画が好きだ。




              体調の良かった頃には、年間200本以上は観ていた。一日に4本とかもあったのだ。



              ところが、昨年の春に父が倒れてからは、片手で数えるだけしか観ていない気がする。



              今年に至っては、春に父が死んだり、母の入院やその後の介護で休む暇さえなかった。




              ここ数週間前から週に一度、母が介護リハビリのデイ・サービスに行くようになった。



              束の間、自分の時間が持てるようになり、気持ちにも少しゆとりが出来てきたようだ。



              そこで、念願だった映画を観ることにした。その日に向けて、体調を整え、準備万端。




              ただ、最初の5分くらいは、映画に集中することに出来なかったけれど、乗り越えた。



              作品が素晴らしかったお陰で、ボクは本当に久しぶりに映画を堪能した。1時間半だ。



              そこで『水野晴郎』さんじゃないけれど、『映画って本当にいいですね〜』と思った。




              フィンランドの監督『アキ・カウリスマキ』の最新作『ル・アーヴルの靴みがき』だ。



              ボクは、アメリカ映画よりヨーロッパ映画が好きなのだ。勿論、アメリカ映画も観る。



              でも、フランスやイタリアを中心に、ヨーロッパほぼ全土を映画で旅するのが好きだ。




              良くも悪くも『アメリカは世界で一番』という感じが否めない。音楽やスポーツ然り。



              何しろ、映画なんて、舞台が日本なのに台詞は英語。英語以外は外国語映画扱いする。



              アカデミー賞などは、その典型で、ヨーロッパの映画祭とはまったく別物になるのだ。




              その点、アメリカ以外では、どんな言語の映画でも偏見なく受け入れている気がする。



              ヨーロッパは、それぞれに風土や風習の違いによる人間味が奥深く、闇をも曝け出す。



              ノルウェーやスペインやアイスランドなど、日本にいたら、まったく想像も出来ない。




              作品が素晴らしい程、文化や風習の違いがあるから、『同じ人間』だと痛感するのだ。



              そこで今は、カウリスマキの『ル・アーヴルの靴みがき』を経験した以後の、ボクだ。



              この映画を経験していないボクではなくなった。ほんの些細なことだが、事実なのだ。




              音楽を聴くことも、映画を観ることも、書物を読むことも、経験なのだとボクは思う。



               




              でも、映画の予告編って陳腐だ。作品をブツ切りにして、断片を救い上げるんだもん。








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