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2017.07.23 Sunday
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    大丈夫じゃない、って言えばいい

    2017.01.07 Saturday 15:55
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      正直、ぜんぜん、まったく『大丈夫じゃない』のだ。

       

      人はよく、『大丈夫だよ』とか、平気で簡単に言う。

       

      でも、こっちにとっては、『いい加減なこと言うな』となる。

       

       

      だから、心の中で、『大丈夫じゃない』と呟くのだ。

       

      人が人を励ましたりするのは、あまり好きじゃない。

       

      その人の、いったい『何が判る』と言うのだ。

       

       

      何も判っちゃいないのに、『さも判った風』に物申すな、と。

       

      乱暴な発想だ。実に、大人げない解釈の仕方である。

       

      でも、『大丈夫じゃない』のだから、仕方ないのだ。

       

       

      ぜんぜん『大丈夫なんかじゃない』のだから。

       

      無理して、『うん、大丈夫』なんて言わなきゃいい。

       

      素直に、『大丈夫じゃない』って言えばいい。

       

       

      これだけ、『大丈夫じゃない』って繰り返していると、

       

      もう、『どうでもいい』ように思えてくるかな、って思った。

       

      ちょっとは、『大丈夫かもしれない』って思えてくるか、と。

       

       

      けれど、少しも『大丈夫』なんて思えたりはしないのだ。

       

       

       

       

       

       

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      どのみち、人に生まれてきたのだから

      2016.12.19 Monday 19:55
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        小さい頃には、色々な夢があったような気がする。もう定かではない。

         

        自分がどんな少年だったか、なんて。思い起こしても、意味などない。

         

        あの頃、思い描いた自分になっているとか、いないとか。たら、れば。

         

         

        結婚もしないで家庭を持っていないことに劣等感や妬み嫉みがあった。

         

        それも事実。他人の、子供や孫が可愛いとか。羨ましくて仕方なくて。

         

        一方で、離婚に生気を吸い取られ、人生終わったような人も見て来た。

         

         

        どれが正解か。なんて、ない。『隣の芝生が青く見える』という例え。

         

        無い物ねだり。自分にない物の方がむしろ多い。何でも欲しがるのか。

         

        あれもこれも欲しい。なんて、そんな許容があるのか。満足するのか。

         

         

        たぶん、いずれにせよ、いつでも、自分に満足や納得なんてないのだ。

         

        ただ、『キレイ事』は別。『お金はないよりあった方がいい』と思う。

         

        仕事や人間関係は充実していたに越したことはない。家族も然り、だ。

         

         

        今現在の、ボクは相当に追い詰められている。経済的にも身体的にも。

         

        老後のことなど、考えられない。目の前の一日一日のことで精一杯だ。

         

        貯蓄があるってことが、どれだけ精神的に『ゆとり』を持てるかの話。

         

         

        また、自身の経済状況に関わらず、『身内がいる』というのは財産だ。

         

        生涯独身。親類、縁者なしに等しい。って命綱を切られたようなもの。

         

        精神的なゆとりも持てずに、『自分だけがすべて』になるのは窮屈だ。

         

         

        その『窮屈さ』を日々、感じ始めている。何かに急き立てられるよう。

         

        追い詰められる気持ちは、いいもんじゃない。生きた心地しないのだ。

         

        でも、それが自分の現実ならば、『どうこう』言っている場合でない。

         

         

        なので、あーだの、こーだの。こうして御託を並べて自分を誤摩化す。

         

         

        それしか、術がない。能無しである。それを確認しつつ、生きるだけ。

         

         

        命絶えるまでは、生き続けるしかない。ならば、能書きも垂れるのだ。

         

         

         

         

         

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        逃げるは恥だが役に立つ、場合もある

        2016.12.11 Sunday 16:55
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          いわゆる『逃げ恥』今クール話題のドラマ。新垣結衣がとにかく可愛い。

           

          まあ、それはそれとして。このタイトル『逃げるは恥だが役に立つ』よ。

           

          逃げることは、恥なのかもしれないが、時にはいい場合もあると思える。

           

           

          吉田拓郎の古い唄に『かくれましょ』というのがある。これに近い感じ。

           

          人間社会において、逃げたり、隠れたり。それもありだと最近思うのだ。

           

          どこから、どう攻撃されるか判らない世の中。いつ落とし穴に堕ちるか。

           

           

          そんな危険に怯えているより、いっそ『逃げる』『隠れる』方がマシだ。

           

          誰に何を言われようとも構わない。あることないこと、人は言いたがる。

           

          だから、ボクはネットでのやり取りも一切ヤメた。怖いんだ、実際の話。

           

           

          以前、得体の知れない者にブログが炎上させられた。あれは実にイヤだ。

           

          臆病者でいい。イヤな想いするくらいなら、逃げて、隠れてしまうのだ。

           

          すっかり、一人に慣れた生活。気楽とかじゃない。防御、に近いものだ。

           

           

          自分のことを『不器用』とまで思わないが、無難に世間を渡れはしない。

           

          人ときちんと向き合おうとすれば、『痛い目』に遭う確率が高いと知る。

           

          バカ正直なのも、加減がある。ただ『バカを見る』だけなのは避けたい。

           

           

          そんな訳で、『逃げるは恥だとしても、いい』と思う今日この頃なのだ。

           

           

           

           

           

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          星野リゾートが、観光をダメにする

          2016.12.08 Thursday 08:48
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            ボクは個人的に『星野リゾート』に嫌悪感を抱いている。何様なんだと。

             

            事の始まりは、十数年前に遡る。軽井沢に古くから星野温泉が存在した。

             

            その跡取りが、その宿を『星野リゾート/星のや軽井沢』に作り替えた。

             

             

            その時に、軽井沢へ毎年行っていた我が家は泊まろうと計画をしたのだ。

             

            ところが、『2泊以上でないと宿泊を受け付けてはいない』と断られた。

             

            しかも、1泊がべらぼうに高い。それを2泊なんて、下々の者には無理。

             

             

             

            いわゆる『リノベーション(この言葉も嫌いだ)』を売りに儲けまくる。

             

            その始まりである『星のや軽井沢』を、跡取りはとっとと手放している。

             

            親から受け継いだ物をどうしようと勝手だが、『商売ありき』見え見え。

             

             

            儲ければ次の物件に手を出し、『星野リゾート』と冠するホテルを作る。

             

            それらどれも、『高級』が売りで、実際に手軽に庶民が泊まれはしない。

             

            ここでも『金持ち』だけで金が動くしくみ。で、件のヤツが儲けまくる。

             

             

             

            先の『星のや軽井沢』には、併設する温泉施設の『とんぼの湯』がある。

             

            日帰り入浴も出来るので、ボクは数年前にそこを利用してみたのである。

             

            1200円と高額にも関わらず、これが頂けない。季節は秋。紅葉盛り。

             

             

            風情も味わえない露天風呂は大量の枯れ葉が浮き、底にも溜まっている。

             

            堪ったもんじゃない。すぐに出たよ。門構えは立派なのに中身はずさん。

             

            表向きだけ、『高級』『おもてなし』を謳う割に、大事なことは手抜き。

             

             

             

            その星のや軽井沢に隣接して、施設全体を『北欧風』にしたお店が並ぶ。

             

            店に入って驚愕する。どれもが高価なのだ。気軽さは皆無、誰が買うの。

             

            もう二度と行くことはない。そこの横の国道も通りたくはないくらいだ。

             

             

            星野リゾートが日本中に増え続ければ、日本の観光はダメになるだろう。

             

            テレビでも、旅番組などで『星野リゾート』はブランド格付けしている。

             

            まあ、どこもかしこも値段が高く、むしろ『安息出来ない』様を呈する。

             

             

             

            ボクが個人的にそう感じるだけであって、繁盛しているのかもしれない。

             

            でも、それは、日本に『それなりの富裕層』がいる証しでもあるだろう。

             

            ごく一部の人だけがごく一部で金を回す。これは今の日本経済の象徴だ。

             

             

            東京オリンピック然り。カジノ総合施設然り。この先行き不透明な状態。

             

            韓国の騒動は、対岸の火事では済まない。日本もどう転ぶかは判らない。

             

            堕ちる時には、あっけなく堕ちる。危険と常に隣り合わせの投資が続く。

             

             

             

            負け犬の遠吠えに過ぎないかもしれない。でも、危機感は常にあるのだ。

             

            アメリカも極端な変革を選んだ。イギリスもEU離脱した。さて日本は。

             

            身も心も窮屈な状態に加速しているのは、気のせいではないと思うのだ。

             

             

            昼には呑気に芸能人が挙って食事したり、服を買ったり、内輪受けの図。

             

            片や偏った人選の集いで『持論』をぶつけ合うだけの自慰行為を見せる。

             

            タモリさんが、(程)いい加減に昼食の息抜きになっていたのも今は昔。

             

             

             

            もはや、息抜きさえ出来なくなった日常の中、気軽に旅行も楽しめない。

             

            もう誰にも止められない。『オリンピックはヤメます』なんて言えない。

             

            豊洲は?どうするの? 小池の一人芝居も限界がある。安倍の暴走は?

             

             

             

             

             

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            金持ちが、庶民をバカにする、の巻

            2016.12.07 Wednesday 19:22
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              いつの世も、どこの場所でも、『金持ち』と『貧乏人』とに別れる。

               

              今更『格差社会』なんて、アホらしい。人間は、どこまでも同じだ。

               

              人間である以上、格差はなくならないし、平均的な状態なんてない。

               

               

              ここ数日、ニュースで二度見た『メルセデスがラーメンを売る』話。

               

              これこそ、『金持ちが貧乏人を貶む』象徴に感じる。アホらしいわ。

               

              いわゆるベンツを『もっと多くの人に知ってもらいたい』とのこと。

               

               

              で、『庶民』の象徴である『ラーメン』をメルセデス販売店で売る。

               

              で、そのラーメンの値段が、『1200円』って、高過ぎるだろう。

               

              しかも、こまっちゃくれた器に、『ちょぼ』の具。バカにしている。

               

               

              そんなラーメン食いたかないわ。1200円出すなら他にあるだろ。

               

              かの『リーク』でやつか。ニュースや情報番組で挙って取り上げる。

               

              何処まで行っても、『金持ち』と『貧乏人』の差は埋まらないのだ。

               

               

              それを判らない愚かな業者が、勘違いしたことをしてしまう無様さ。

               

              どのみち、『ベンツ』なんて縁がない。それを庶民に売り込むなよ。

               

              それ以前に、『買えねえよ』、或は『買わねえよ』が庶民の本音だ。

               

               

              まあ、お坊ちゃん『安倍』といい、『見る目』がない人が多過ぎる。

               

              金銭感覚に麻痺しているのか。ボクには判らない。判りたくもない。

               

              どうでもいいが、連日、テレビでたまたま同じ話にはゲップが出る。

               

               

              需要と供給が、噛み合ない。それを一番知らないのは、売り手側だ。

               

               

               

               

               

               

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              介護殺人・心中が、週一ペースだって

              2016.12.06 Tuesday 14:01
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                父が生きていた頃からすれば、10年近く、看病や介護に明け暮れている。

                 

                高齢化ではなく、すでに『高齢社会』になっている。高齢者ばかりの社会。

                 

                人が老いて行くのは、自然の摂理。ボク自身は、長生きするつもりはない。

                 

                 

                ニュースで言っていた。介護殺人や心中は週に1回のペースで起きている。

                 

                介護を受ける人は年々増加し続け、現在は、推定600万人になるそうだ。

                 

                この先、団塊の世代が壮年を迎え、更に深刻な問題になること必至だろう。

                 

                 

                ボクにとっても、その身になってみるまで、『他人事』だったことである。

                 

                だが、突然『介護問題』に取り込まれたのなら、否応無しにやるしかない。

                 

                四の五の言っている暇はない。想定外のことばかりに直面する連続になる。

                 

                 

                おやおや、安倍や現政権は、この問題を軽視してやないかい?などと思う。

                 

                もうすでに『手遅れ』の状態になってしまっている。すべてが後手後手だ。

                 

                呑気に『アベノミクス次なる3本の矢』とか言っている場合じゃなかった。

                 

                 

                カジノ法案、強行採決。外貨獲得、経済を回す。など能書きは垂れられる。

                 

                でも、何か変じゃないか。経済の表面ばかり繕って、土台は骨抜きな具合。

                 

                何でも強行に、いつの間にか、色々な決め事が成立して中身は後付け状態。

                 

                 

                ウンザリするくらいのオリンピック話。雁首揃えて、何やっているんだか。

                 

                 

                 

                いつか『自分だけが苦労しているなんて思うな』のようなことを言われた。

                 

                お前に言われたくない。と思ったが、そんな相手に怒りを抱いても無駄だ。

                 

                バカも程々に。誰がそんなことを平気で思えるのだ。思う訳がないだろう。

                 

                 

                誰がどのくらい大変なのかなんて、誰にも判らない。十人十色、の暮らし。

                 

                生活も人の数だけ、すべて違うだろう。とバカなりにも推測出来るものだ。

                 

                事象は、振り幅を大きく、多様な側面を複眼的に見なければいけないもの。

                 

                 

                簡単に『苦労』『努力』『頑張る』などの言葉を口にしていけないと思う。

                 

                誰にも見えないものだから、他人がどうこう言うことじゃないだろうこと。

                 

                ボクに隙があったのなら、落ち度であって、謙虚に受け止めるにはしても。

                 

                 

                酒に酔った勢いで言うべきことじゃない。本人は記憶すらしていなかった。

                 

                だから、ボクもその一件について応えなかった。心の棚に乗せて置くだけ。

                 

                排他的。利己主義。快楽優先。何でもいいが、世知辛い世の中に違いない。

                 

                 

                 

                昨晩も『介護』という問題の中で足掻きつつ、今日もすでに半分が終わる。

                 

                 

                 

                 

                 

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                東京オリンピックはいらないと思う

                2016.11.29 Tuesday 07:47
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                  もうすっかり疲弊してしまい、テレビすら電源を入れる気もしない。

                   

                  実際にそれを観ても、『心が荒む』だけで、潤いとは相反するから。

                   

                  もはや、『娯楽』ではなくなった。むしろ、『公害』とすら感じる。

                   

                   

                  それは、『視聴率』という形で示されているようだが、関係はない。

                   

                  ボク個人にとって、生活においての需要がなくなっただけのことだ。

                   

                  実際には、『それどころではない』のが現状だ。観る暇も気もない。

                   

                   

                  そこで、だ。イヤでも耳に入る『東京オリンピック』という問題だ。

                   

                  それが決定する頃に、我が家は日々混乱の中にあり、他人事だった。

                   

                  だが、いざ決定してみると、東京都民にとっては他人事で済まない。

                   

                   

                   

                  いわゆる『都下』という23区以外は、東京都じゃないようである。

                   

                  ボクの住む街は、都心まで電車ですぐではあるが、うらぶれている。

                   

                  役所が『都市開発』と謳い、都から借金までして駅前を作り替えた。

                   

                   

                  だが、華やかにだったのは僅か数年で、商店街も寂れ、人もいない。

                   

                  電車ですぐ都心に出られるなら、こんな街が栄えることはないのだ。

                   

                  そういった『想像』もなく、税金だけが無駄に注ぎ込まれるずさん。

                   

                   

                  そこに、かの『東京オリンピック』だ。ボクには招致自体信じ難い。

                   

                  まさに『格差社会』の象徴として、恩恵は大企業や富裕層に流れる。

                   

                  日々の生活に埋没する人間にとって、どこでやろうと関係などない。

                   

                   

                   

                  にも関わらず、我々の血税が億円単位で注がれる。泡と消えるだけ。

                   

                  都心部の開発に邁進し、『少し外れると無視される』という格差だ。

                   

                  実際に、我が家のそばの都営住宅は老朽化と共に潰され、荒れ地だ。

                   

                   

                  無駄に広い都の私有地が、雑草だらけで10数年放置されたままだ。

                   

                  東京都は、『何もしない』し、治安は悪くなるし、いいことはない。

                   

                  市役所もその無能さを露呈するだけで、街並は更にうらぶれていく。

                   

                   

                  それでも住宅は建ち、他所からの人々の集まりで繋がりもなくなる。

                   

                  知らない者同士が擦れ違う、職場との往復だけに利用される場所だ。

                   

                  当然、市に入る税収も減る一方だ。会社や商業施設の誘致もしない。

                   

                   

                   

                  まあ、問題提起をすれば切りがない。都政には、怒りさえも感じる。

                   

                  かの舛添に神奈川県の湯河原より遠いと言わしめたのは『奥多摩』。

                   

                  ボクの街からも奥多摩まで遠いが、同じ都民としていい所だと思う。

                   

                   

                  東京の実態は、そこに住んでいる人間が一番切実に感じているのだ。

                   

                  生活に追われる中、納税している身にオリンピックは無駄そのもの。

                   

                  ただでさえ、値上げ値上げの中、医療費など出費は増えるばかりだ。

                   

                   

                  小池と森のやり取りや『レガシー』など、言葉にすら心が荒むのだ。

                   

                  何が、都民ファースト。何が、アスリート目線。根本がズレている。

                   

                  問題提起含め、この先『オリンピック狂想曲』が続くのが鬱陶しい。

                   

                   

                   

                   

                   

                   

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                  いったい、人は何をしたいのだろう

                  2016.11.05 Saturday 09:33
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                    ボクは、もはや『日々をどうやって生きていくか』だけで精一杯だ。

                    なので、世の中の茶番による情報の渦は、『心の公害』でしかない。

                    醜悪さを極めるような、最低最悪なアメリカ大統領選挙。

                    不穏な世界全体の混迷に連動するのか。核。紛争。殺人。

                     

                    お役所、政治家、挙って人をバカにしたようなことをやり続ける国。

                    日本も、アメリカや韓国などとたいして変わりはないのに、呑気だ。

                     

                    件の、小池劇場という『一人芝居』を見せられても、信用など出来ない。

                    勘違い男、石原を叩いても埃も出ない。犯人探しに生産性あるだろうか。

                    それよりも、早く『築地、豊洲』をどうすればいいのかが最重要だろう。

                    それを先延ばしにすればする程、東京の食はもうジリ貧になること必死。

                     

                    決まってしまったオリンピックは、『ごめんなさい』では済まされない。

                    アスリート目線だとか。都民ファーストだとか以前に、税金の無駄遣い。

                    ある種、形骸化したオリンピックという『行事』を見直すことも必要だ。

                    日々努力する選手。その姿に感動する人々。彼らとは距離があり過ぎる

                    少なくとも、その日『いかに生き延びるか』のボクには、絵空事になる。

                     

                    やれ、ポケモンGOだの、ハロウィンだの、心にフィットする目隠しか。

                    いい年齢になるまでどうやって生きてきたのか。ボクには判らないこと。

                    世間に目を向ければ、もっと大切なことはたくさんあると思うのだけど。

                    大人ではない中年が、スマホ画面に気を取られ、車で殺人をする有様だ。

                    それを他人事として、『自分は大丈夫』とどうすれば思えるのだろうか。

                     

                    お坊ちゃん政治家も『健康ゴールド免許』だの戯け事を抜かしているし。

                    『好きでなっている訳ではない』病人を『弱者』として更に虐げるだけ。

                    そもそも、『弱者』という表現は好きではないが、世間で流通している。

                    流通、認知、というものがいかに恐ろしいか。ピコ太郎現象が象徴的だ。

                     

                    誰もがスマホを手に俯き、指を動かしている。そこに何があるのだろう。

                    ボクの暮らしは、無縁のものだ。日々の学習。日々の試練。言葉は徒だ。

                    何かを言葉にすれば、すべては『個人の戯言』になるように感じている。

                    テレビでは、『持論』とやらをぶつけ合って、『情報』の垂れ流し状態。

                    ネットにおける『拡散』とは、ボク個人には『ホラー』にしか思えない。

                    便利さには、表裏一体で『不便さ』が伴い、制御が前提になる気がする。

                    快楽にも、隣り合わせで『不快さ』が存在し、見極めが大事になるもの。

                     

                    今の社会を俯瞰で眺めることは不可能に近い。バカなボクには理解不能。

                    人が人を貶めて、人が人を欺き、人が人を否定し、何がしたいのだろう。

                    こうして、心に溜まった膿を垂れ流している自分もどうかしているのだ。

                    自分を含めて、『人は何をしたいのだろうか』との疑念が拭えないのだ。

                    心も体も『生きること』の根底に転げ落ちつつ、現実から目を背けない。

                    感情と思考。そのバランスを失わぬように、こうして模索は続くだろう。

                    日々刻々、バランスを損ねた心の着地に気をつける。大怪我せぬように。

                     

                     

                     

                     

                     

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                    ゲスな人たちが、なぜ好かれるのか

                    2016.06.07 Tuesday 19:39
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                      最近、世間では『不倫』が流行っているようだ。モラルを捨てた人たち。

                      単純に『人としてはどうなのか』とボクは思う。いわゆる『倫理的』に。

                      しかも、最近の若者に人気のあるミュージシャンが多かったりするのだ。
                       

                      ボクは個人的に彼らのことが好きではないので、ろくでなし、だと思う。

                      とても『ミュージシャン』とは認識していない。余りに幼稚な言い分だ。

                      かつて『不倫は文化だ』と宣っていた男もいたが、何が文化だったのか。
                       

                      ただ、ボクの中の謎は、『ゲスな人がなぜ人気あるのか』が不可解な事。

                      ボクの身近な人でも、幾人か『不倫』をしていたがなぜか女が寄り付く。

                      しかも、『不倫』をする人は『繰り返す』のだ。過ちの認識はないのか。
                       

                      ごく近い友人だった人は、『仮面夫婦』のまま、『不倫』を繰り返した。

                      乱暴に言えば『自分の話しかしない』『視野が狭い』『自己中』の人だ。

                      約束事にルーズで、すべて『許される』と思っている。しかも謝らない。
                       

                      彼個人の問題だったのか。ボクは振り回されっぱなしで嫌な想いをした。

                      それでいて、不倫相手の話をし出すと、止まらない。自慢も満載なのだ。

                      不倫をする人にこのようなことが共通するかは判らないが、人でなしだ。
                       

                      人の『人格』を否定するのは避けたいのだが、疑問はどうにも拭えない。

                      件の『ゲスを極めた男』も、メディアに出る『意識、責任』が薄過ぎる。

                      複数の女性を傷つけておいて、少しも『自覚がない』間抜けな顔を曝す。
                       

                      話題ホヤホヤの『ファンキー何タラ』に関しては、もう語るに及ばない。

                      ガキみたいな歌を『下手過ぎる』具合に『応援歌』などと宣える図太さ。

                      個人的には、見ただけで、聞いただけで、『不快』にしか感じていない。
                       

                      案の定、結婚しつつ、妻が妊娠中に他人の妻を妊娠させるゲスさは凄い。

                      いったい『何を、誰を、応援していたのか』何の説得力も信憑性もない。

                      誰がどんなゲスなことをしようとも、ボクの暮らしに関係も影響もない。
                       

                      だがこの手の話題がニュース番組にまで及ぶと、心がカスカスに枯れる。

                      元々、テレビなど見ないのだが、挙ってココ掘れわんわん。ウンザリだ。

                      誰が何をしようと、その『人』に興味がない者にとってはどうでもいい。
                       

                      喧嘩両成敗。とはいかないのが『家庭を持つ大人』の責任にも感じるが。

                      どんな仕事を生業にしていても、『家庭人』としてはちゃんとしようよ。

                      そもそも『ファンキー』と名乗ること。『ファンク』な人たちに失礼だ。
                       

                      とても『プロ』とは呼べない人がプロとしてお仕事をされる、その温さ。

                      それを受け入れる『受け手の温さ』で、馴れ合いにも鈍感になる業界だ。

                      奥さんを寝取り寝取られ、『なーなー』が罷り通る人間関係は何だろう。
                       

                      何より『生まれ来る子供』は、生まれる前から精神的虐待を受けている。

                      お互い結婚している身で、避妊もせずセックスをすることが最大の過ち。

                      誠意が泣いている。あらゆる背負うものの放棄も同然だと認識してない。
                       

                      簡単に『一生掛けて償う』なんて言えることに、呆れてこちらも不愉快。

                      関係ない、野球の始球式のマウンドで謝罪したことも、勘違い甚だしい。

                      野球ファンは、そんなもの聞きたくもない。他人の楽しみに水を射すな。
                       

                      関連ない舛添も同じ括り、人目に映る場での謝罪はもうお腹いっぱいだ。

                      どれも綿密な『シナリオ』で、『嘘も真』に仕立てられるように見える。

                      ただ、『なぜ、そのようなゲスな男が女性に好かれるのか』が謎である。
                       

                      いつも思うが、バレなきゃ、世間を欺き通そうとしているんじゃないか。

                      謝るくらいなら、もっと早くに自己申告する方が誠意あるんじゃないか。

                      生まれ来るお子さん。こんな大人達の許に生まれる運命を越えてほしい。
                       

                      追記…。

                      いい年齢になって、親でもある人間が『命』を祖末に扱った行為をした。

                      それをファンとやらが『頑張れ』って、何だ、それ。何を頑張れ、だよ。

                      それ聞いて、涙流している加藤も加藤だよ。泣いている場合かよと思う。
                       

                      加藤はいっそ『モンキー加藤』にすればいい。『キャロル』にも失礼だ。



                       

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                      体制全体で手抜きしていないかい

                      2016.06.06 Monday 12:05
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                        先日、役所から封書が届いた。まあ、母親の『介護保険負担』に関して。

                        まあ、介護に関しては、色々な『書類の束』になる。年中、署名捺印だ。

                        どれが、どう。具体的に把握するために読んでも、すべて理解は難しい。
                         

                        今回の件に関しては、『介護保険負担限度額定期更新申請書』なるもの。

                        何だ、この漢字の羅列は。こんなのが、一方的に役所から届くのである。

                        ボクは、何とか色々と調べて、努力を惜しまないようにしているのだが。
                         

                        例えば、老老介護している人などは、これをどのように処理しているか。

                        額面的な文書の種類が数枚、封書に入っていて、説明も不親切な文章だ。

                        まあ、政府や行政や役所の仕事は、『やっつけ』放題の偏見を持たせる。
                         

                        今や、『高齢化社会』と言われているが、『化』でなく『高齢社会』だ。

                        85歳の夫や妻が、83歳の夫や妻の介護に疲れて、殺人罪になる時代。

                        これに関して、若い世代や老人でない人達は、何も関心を持たないのか。
                         

                        今年は、年金暮らしで非課税の人に、『3万円』の助成金が支給される。

                        それも、本人か、同居する家族の申請がないと受けられないしくみ、だ。

                        しかもとりあえずやっています的な、一般企業における『営業』はなし。
                         

                        黙ってりゃ、皆が申請しないで済む。などとお役人はほくそ笑んでいる。

                        どっこい、ボクは色々と問い合わせをして、その申請をすることにした。

                        だが、そんなことも知らずに申請も出来ずに、助成金ももらえない人達。
                         

                        凡その人は、それすら『知らずに』政府のもくろみに呑み込まれるのだ。

                        体裁ばかり整え、『分かりにくい』しくみを自ら動くことなく済ませる。

                        それが、政府や役所のお仕事なのだ。知らなかった方が悪いんだの如く。
                         

                        福祉も何もあったもんじゃない。現場の人間がどれだけ努力をしようと。

                        役所の仕事で『怠慢』があっても、それで『済まされる』のが世の常だ。

                        介護に関わって数年経つボクにすれば、体制全体で手抜きするなと思う。
                         

                        明らかに、『弱者(この呼び方は好きでないが)』を切り捨てる社会だ。

                        今回もボクは糞面倒な書類に対応しようと思うが、余りに無責任過ぎる。

                        お年寄りが『どう対応していいのか』を何も考えていない仕事をされる。
                         

                        これが、『事務的書類』の典型だ。まさに『お役所仕事』の見本になる。

                        ふざけるのも、いい加減ししろよ。と個人的には思うのだが、どうだか。

                        世の中の凡その人は、『福祉』にそれ程に関心があるだろうか、疑問だ。
                         

                        いざ、『自分の身に降り掛かってみないと考えない』のが人間の本性だ。

                        安倍が何をするか、なんて何も期待していない。実際、何もしていない。

                        何も(世間一般の)苦労を知らずして、政治を司るなど、戯け事になる。
                         

                        この数年だけでも、介護制度は色々と修正変更が続き、その度に書類だ。

                        これから、老人の社会になるのだ。その現実にどれだけ危機感を持つか。

                        世間の『自分さえよければいい』風潮に、自ら歯止めを掛けられるのか。
                         

                        政治家は『議員年金』、公務員は『公務員年金』を保守されているから。

                        その他多数の『何の保証もない人々』の行く末は紙切れで済ませばいい。

                        そういう『手抜き』がないと言い切れるのか。ボクには、疑問しかない。
                         

                        ちなみに、今回の書類には『貯金額』『所持現金』の記載が必要になる。

                        何だ、これ。『虚偽記載』も出来るし、それが『罪』になり得るのかい。

                        要するに、『経済的状況』の自己申請で、介護の処遇が変わるしくみだ。
                         

                        こういう『曖昧な書類』の提出を迫る役所は、『責任放棄』にも思える。



                         

                        category:雑感 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

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