コンプレックスを受け入れる時

2016.11.15 Tuesday 11:00
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    ボクは、幼い頃からたくさんコンプレックスを抱えていた。

     

    まず、生まれる前に命が危ぶまれたせいか、体が弱かった。

    すぐに風邪をひいたり、お腹を壊したり、体も小さかった。

    そして、少年期を迎える頃一番のコンプレックスを抱えた。

     

    それは、幼い頃からおでこが広く、『でこっぱち』だった。

    異性を意識し出した頃には、前髪を降ろしてそれを隠した。

    だが、中学生の時、好きだった女の子に『おでこ広いね』と言われた。

    しかも、大きなお世話にも、『横から見るとスゴい』とまで言われた。

     

    いつでもボクは髪型を気にして、髪を切るのが嫌いだった。

    大人になってからは、前髪は徐々に後退し続けるのである。

    もはや、プロだろうが、他人に髪を切ってもらいたくない。

     

    ので、十数年前から、ボクはヘアカットのハサミを買って、

    自分で髪を切るようになった。それまでプロの技を盗んだ。

    今では、家庭用バリカンと併用して、母の髪もカットする。

     

    デイサービスで髪型を褒められるとボクによく言っている。

    具合が悪かった頃の父の髪も切っていたので見事なものだ。

    まあ、手先は器用なので、『間違いない』と自分を褒める。

     

    現在、コンプレックスで隠し続けた『でこ』を出している。

    これが自分なら、受け入れて『スッキリ』した方がマシだ。

    グジグジ悩んで、コンプレックスを隠す方が窮屈な生き方。

     

    コンプレックスだらけの自分を受け入れ、うまく付き合う。

    ここ数年は体調不良で、何かを楽しむことが出来ないのだ。

    読書も、映画鑑賞も、大好きな楽器演奏さえ気が向かない。

     

    週に1回、母がデイサービスでいない日は、何かをしたい。

    でも、何も出来ず、ゴロゴロ体も心も横たえ一日が終わる。

    昨日は、一念発起して、久しぶりにギターを手にしてみた。

     

    どうせなら録音しようと、長い間眠っていたピアノも出し。

    集中力を総動員し、本番一発、ピアノとギターを録音した。

    望まないこと。その瞬間しか生まれない演奏で良しとする。

     

    ほぼ1年振りだが、ピアノもギターもまあまあ弾けたのだ。

    ただし、録画した映像を見ると、頬が痩けて、生気がない。

    いかにも『疲弊』然としている。それも受け入れてしまう。

     

    これが、今の自分ならば、『悪く捉える』なんて愚かしい。

     

    指が動かないのも手伝って、余計な力が抜けた感じでいい。

     

     

     

     

     

    すっかり、指タコもなくなり、1回弾いただけで指先がジンジン痛い。

     

    ああ、生きているんだな、とこんな時に実感するのも悪くはないのだ。

     

    演奏する度、不満だけ残る。でも、満足したなら終わっているだろう。

     

     

     

     

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    好き、という気持ちは力になる

    2016.04.21 Thursday 09:00
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      自分で言うのも情けないが、ボクは今とても弱っている。


      体調、精神状態、生活状況、経済状況、どれをとっても。
       

      やること、やらなければいけないことに押し潰されそう。

       

      そこで、ただ徒に嘆いていても、少しも前には進まない。

       

      いつでも挫けそうな自分がいても、哀れだとは思わない。
       

      誰がどれだけ恵まれているのか。それは誰にも判らない。
       

      他人の不幸に『自分はまだマシ』だなんてそれこそ哀れ。

       

      困っている人。苦しんでいる人。慈しめる心を育みたい。
       

      それには、まず自分には力、活力が必要だと痛切に想う。
       

      自分が音楽、ギターを弾くことが大好きだと忘れていた。

       

      ここ数年は、年に数回しかギターを触っていない状態だ。


      そんな時間もない。何よりも、心身共にそこへ向かない。


       

      2010年、まだ未曾有の震災が起きる前のボクがいた。
       

      6年前にギターを弾いている自分をふと、何気なく観た。


      気負うこともなく、好きな曲を好きなように奏でている。


       

      とてもダサイ恰好なので、没にした演奏だが活力がある。

      ボクは、『好き』が自分の中にたくさんあることを知る。

       

      自分の中の『好き』という気持ちに活力をもらったのだ。


      またいつの日か、ボクはこうしてギターを弾くのだろう。



       





       
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      自己再生、自分の壁を越えること

      2015.12.14 Monday 15:15
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        ボクは、挫折に継ぐ挫折で、ほぼ廃人になってしまったことが何度もある。



        その度に、『自己再生』をしてきた。当然、自分以外の力を借りるものだ。



        だが、最終的には『自分』との『対峙』が『壁』になる。それを越えるか。




        ここ数年、数ヶ月。ボクはどんどん生命的に弱っている。生活で実感する。



        もう『人間ヤメよう』『この命には生産性がない』との卑下にまでも至る。



        地べたに突っ伏して泥水を嘗め、仰向けで、空を見上げる気力さえ失った。




        まさに、ボクは『もう立ち上がれない』と半ば諦めてしまっていたようだ。



        そこで、自分の愛すること。音楽と向き合うことにした。何度もそうした。



        精神力も体力もありったけを総動員して、1日1日、少しずつ積み重ねた。




        心から唄いたいのに、ボクの喉は役立たず。代わりにギターで唄ってみた。



        ある種、『心が浄化される』ような錯覚を覚える。ギターを握ると震える。



        集中力が自分の中から生み出されるのを確認するように、ボクは音を生む。




        自己満足か。自己再生か。それは捉え方次第。生んだ時点で所有出来ない。




        凄まじい疲労と虚脱感。それでも、そこに感じる『生命』に感謝するのだ。




        生きている間は、満足することはない。その壁を越えて進むしかないのだ。






        ボクは音楽をこよなく愛している。愛しているものがあるのは幸いなのだ。








        この演奏が気に入らなくtake2を試みたが、途中充電切れで水の泡だ。


        人生なんて、そんなもんだ。と判った風なことは言いたくないし言わない。


        いずれ、再度トライしてみる『壁』がまだあるのだから、それでいいのだ。







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        ボクがボクである、ということ

        2015.12.01 Tuesday 08:38
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          ボクは、今、日々の暮らしの中でほぼ人との接点がないに等しい。


          必然的に『自分』と向き合うことが多い。事象。感情。諸々を自分一人で背負う。


          そりゃ、人は一人では生きていけない。見えない部分でお互いに支え合っている。


          自分だけはどうにも出来ないこともあるし、『なぜだ?』と思うことだってある。



          その度に、『自分はいったい、何物なのだ』との疑問が付きまとう。



          ボクは、ボクであって、『ボク以外の誰でもない』のである。


          それでいいではないか。と少々強引に腑に落とすことにする。



          日々学習。子供の頃に勉強が嫌いで、勉強と学習の違いが判らなかった。



          まあ、それが『どう違うのか』なんて、大した問題ではない。



          ボクは、こうしてまた朝を迎え、生きている。それが事実だ。




          挫折と学習の繰り返しの中、一つの山を越えたら次が用意されている。


          それは、誰でもない、『自分に与えられた』ありがたい修練だと思う。


          楽しみに昇華し、歩みを1歩でも踏み出すことが感謝の気持ちになる。



          イヤなことに目を向けるより、好きなこと、ワクワクすることに心を動かす。



          そんなシンプルなことが出来ていない。出来ない自分を、まずは受け入れる。



          そこから先は、今まで積み重ねてきた心の中の『愛』を碑や標にすればいい。




          ボクは、そうやって何度も自己再生をし、自分を見限ったりしないで来れた。




          そんな訳で、心身共にボロボロの状態でありながら、大好きなギターを弾いた。


          瞬時に浮かぶアイデアを形にしたい想いで、エネルギーを総動員してみたのだ。



          だが、いかんせん、年に数回しか手にしないギターを弾きこなせる程甘くない。



          思い描いた音像とは掛け離れたその酷さに愕然とするが、心技体を如実に表す。



          そしてそれが『今の自分である』ということ。それを客観的に確認すればいい。



          3時間くらいで、集中して録音をして、ボクのエネルギーは枯渇して寝込んだ。



          映像は『ありのまま』を示してくれる。覇気のない顔は老けて病人そのものだ。




          ともあれ、ボクはまた起き上がって、心を動かしてみたのだ。


          また倒れ込んでしまうかもしれないし、どうなるかは未知だ。


          ただ、どんなに酷い演奏でも、ボクの中から生命が溢れ出る。



          それも、『音楽』であり、『生きる』ということだと思える。




          誰かを想うことで心が温かくなったりすることは素晴らしい。







          十数年前に、木の材質からすべてをオーダーして創ったギターを弾いてみた。


          かの『ピンク・ギター』だ。オーダーしてまで『なぜピンク?』と言われた。


          単純にピンクが好きだからだったのだが、思い通りの色にならなかったのだ。


          世の中は、そう簡単に事は運ばない。ので、すっかり眠らせていたのである。



          でも、時を経た今は、『とっても可愛いヤツ』だと愛着を持っているボクだ。







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          自分が死んでも、残るものたち

          2015.10.15 Thursday 13:17
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            画家マリー・ローランサンの詩に『鎮静剤』というのがある。


            『退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です。

             悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です。

             不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です。

             病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です。

             捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です。

             よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です。

             追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です。

             死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です』


            一番哀れなのは、『忘れられた女』なのだそうだ。



            でも、ボクは死んだら、誰の記憶からも忘れられた人になりたい。


            この世に存在していたことなど、『なかったこと』にしてほしい。


            それも含め、『死の準備』をしながら、『生きている』のである。




            そこで、ふと思ったのだ。心が荒んでいても、何かを思ったりはする。



            ボクが死んでも残るものがある。人間は厄介にも産物を残す生き物だ。


            ボクが演奏して、ボクによってこの世に『生』を受けた『音』がある。


            絵を描いたり、詩を書いたりもしたが、演奏も無駄に形にして残した。



            ボクという人間が存在しなかったなら、『それ』は永遠に生まれない。




            だが、そう思うと『徒に産み落としてやろうか』との邪念に駆られる。




            跡形もなくこの世から消えてなくなりたいと思いつつ、矛盾している。




            なので、9ヶ月振りにギターを手にして、その音と空間を刻んでみた。



            演奏そのものは、よろしくない。日々の修練を断たれた自堕落の印だ。



            だが、そんなことはどうでもいいのだ。悪足掻きのように跡形を残す。




            過去の録音のバック・トラックを引き出し、一発録りで爪弾いてみた。




            体調不良により、体が言う事を聞かない。それが、『今』なのである。




             





            音楽は生モノである。だが、ボクが消えてなくなってもこの音は残るのだ。











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            ジミー・ペイジ症候群、かいな

            2015.06.08 Monday 13:22
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              耳鳴りの改善薬の副作用で、ずっと頭痛と激しい倦怠感に襲われている。



              なのに、耳鳴りは一向に改善する様子はなく、頭の中で蝉が鳴き続ける。



              やれ、喘息だの。やれ、うつだの。病気のオンパレードに笑うしかない。




              ところが、日常生活の上で『やるべきこと』はなくならないどころか、増える一方。




              母が通院している病院直系の介護施設に、月曜日だけデイ・サービスに通っている。



              朝9時過ぎに家まで迎えに来てくれて、夕方4時には送ってきてくれるので助かる。



              束の間、その数時間だけ『自分の時間』となるのだが、ほぼ機能してはいないのだ。




              だが、今日は重い腰をあげて、ここ数年間に何度通ったか判らない市役所に行った。



              煩わしい手続きと不明なことを解決しないと、コトは滞ったままなのが暮らしだ。



              風通しの悪い暮らしは、生産性も悪く、負の連鎖を呼ぶので、なるべく避けたい。




              そして、ふと気付けば、この1年でギターを2回しか弾いていないことに気付く。



              ので、昼食後に愛しいギターを手にしてみた。重たい。で、ぜんぜん指が動かない。



              想像を絶する不調に、『もしや、これはジミー・ペイジ症候群か?』とゾッとする。




              ジミー・ペイジは、ツェッペリン解散後に長期間殆ど活動していなかったようだ。



              彼が、忘れた頃に表舞台に立った時には、ヨレヨレで、ぜんぜん弾けてなかった。



              元々技巧的でなく、独特の『味わい』と『語り』がペイジの持ち味だったのだが。




              指が動かず、右手と左手がズレることをボクは『ジミー・ペイジ症候群』と呼ぶ。



              ペイジには実に失礼だが、ボクの中で勝手にそう名付けているだけのことである。



              そりゃ、何ヶ月も歩かなければ、足も動かない。指だって同じこと。動かない。




              余りに想定外のことに、ボクは項垂れるよりも、やっぱり笑ってしまったのだ。




              何事にも日々の積み重ねが必要で、『努力』とかは自分の中だけで昇華するもの。



              また、ボクが自分の中で修練をするためには、それ以前にリハビリが必須になる。



              ボクはギターをこよなく愛していて、ギターを弾く自分が好きなのを忘れていた。




              それでも、時は容赦なく過ぎ去り、自分を律するのは自分しかいないことを知る。




              生きることに『満足』などはなく、何かしらの『手応え』を感じるか否かだろう。




              それは、自分の置かれている状況ではなく、自分の『心の状態』なのだと思える。








              ギターがぜんぜん弾けていない今の自分。多少のショックはなくはない。



              過去にYouTubeにアップした演奏を久しぶりに客観的に観てみた。



              そこで、『ああ、4年前には、それなりに弾けてはいたのだな』と確認したのだった。



               






              その4年前に弾いた曲と同じ曲を昨年ギターを弾いた2回の内の1回がこれだ。


              やっぱり4年前よりも指は動いてないし、演奏自体も若干変わっているようだ。













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              生きていることを確認してみた

              2014.12.29 Monday 15:22
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                ここ数年、ここ数ヶ月、ここ数日、日を経る毎に、ボクは生命的に弱っている。



                これは、病気が悪化しているとかではなく、『生きている』実感が薄れている。



                これに尽きる。日々神経が摩耗し、体調が悪くなり、負の連鎖にハマっている。




                そこで、『自分が生きていること』を自分で確認してみることにしたのだ。




                それは、こよなく愛する『音楽』を、今現在の自分で表現してみることだ。



                ある意味、自分というあり方の具現だと思う。これまでの経験等を含めて。



                いい、悪いじゃなく、『そこに、血が流れているか』の躍動を感じること。




                心も体も重たく、相当な決意が必要だったが、音楽をやりたい意思が勝ったのだ。



                音、演奏は、『生まれた』その瞬間に『消え去る』ものだ。それが『生』なのだ。



                ある意味、邪道ではあるが、それを録音したり、録画したりして残すことは可能。




                それを『客観的』に見ることで、『自分が生きている』ことを確認出来たりする。



                ボクは『死んじゃいない』のだ。だが、『生きている』とは断言出来ないでいる。



                それを払拭するがため、ありったけの集中力を総動員して、3時間程で演奏した。




                ほぼ、すべての演奏を1テイクでやるには、ミスもあり、納得などはあり得ない。



                だが、ボクは、自分のギター演奏の一番のファンである。『自己満足』とは違う。



                まず『自分で好きにならずに、誰が好きになってくれる』と言うのだ。が最初だ。




                それは、『愛』と通じるものがある。『欲しがる』のでなく、『捧げる』ことだ。



                やれやれ、相変わらず能書きの垂れ過ぎ。ただ自分を示すだけでいいではないか。



                敬愛するバーナード・パーディのドラムに煽動され、ワン・ノートで音を重ねた。




                先日、9ヶ月振りにギターを弾いたのが伏線となったが、新鮮さは感じられない。








                愛するものがある。愛することに惜しみなく自分を捧げる。それだけでも幸せだ。



                心も体も弱っている時に、集中力を高めるのは、後に凄まじい疲労感が残るのだ。



                また、これも生きているからこそ。もう何もしたくない。まあ、正月もないしね。





                で、客観的に見て、『顔が死んでいる』これがすべて。命はあるが、心はそこにあらず。



                内蔵も機能しているし、肉体的には『生かされている』に過ぎない形で動いているよう。



                ギターを弾けているのは、長年身に付いた『癖』みたいなものか。などと思ったりする。










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                ギターを弾かないと、死にそうだ

                2014.12.19 Friday 17:22
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                  サラリーマン時代に、満員の通勤電車の中で、泣いている女性を見たことがある。



                  公共の場とか、人前とか。そんなことは『どうでもいい』感じで大泣きしていた。



                  最近よく、ボクは彼女の涙を思い出す。顔など、覚えてはいない。20代半ば頃。




                  それは、『哀しみ』『苦しみ』『怒り』とか。そのどれとも違うような涙だった。



                  ボクも今、泣きたい気分だ。だが、これっぽっちも涙など出やしない。泣けない。



                  そうなんだ。死にそうなんだ。決して生きることがイヤになった訳じゃないのだ。




                  その時の女性のように人目もはばからず、大泣きをしてみたい。と思ったりする。



                  だが、出来ないので、ギターで泣いてみることにした。ギターは体の一部である。



                  もはや、ギターを弾けないと、死んじゃいそうだ。随分と長い間、分離したまま。




                  なので、実に9ヶ月振りにギターを抱き、弾いてみた。『生きている』と感じる。




                  過去に録音済みのバック・トラックに乗せ、たった一度切りの刹那的な即興演奏。




                  修練を怠ると、すべては一瞬の判断に現れる。表現は『生きること』そのものだ。




                   




                  今の自分を具現するように酷い。『生きていると言ってみろと自分に言いたい。






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                  ただ、永遠に失われた時間たち

                  2014.03.16 Sunday 01:55
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                    時は、来た瞬間には去っている。



                    今は、限りなく近い過去である。




                    ボクは、多くの時間をに失ってきたようだ。




                    言葉は、いらない。





                    ギターを弾きたくなった。



                    ので、7ヶ月振りに弾いてみた。



                    たった、一度切りの演奏。



                    到底、演奏に満足いかないが、これが『今』の自分。



                    もう二度と同じ演奏は出来ない。




                    その瞬間は、『永遠に失われた』のだ。




                    これは、その瞬間を切り取った演奏だ。




                     





                    錆びた弦の音が、過ぎ去った『時』を現している。










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                    心の存在が、音空間を生み出す

                    2013.08.10 Saturday 01:11
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                      ここ数ヶ月、ボクは日々の詳細など書く気がなかった。というか意味がなかった。



                      なので、どうでもいいことを徒然に綴っていただけだ。それが楽だったから、だ。



                      あまりに密度が濃くて、心も体もついて行けていなかったから、せめて楽を選ぶ。




                      昨年、父が倒れてからは、母とボクとで『ほぼ介護』状態が連日のように続いた。



                      四の五の言っていられずに、必死だった。その甲斐虚しく、この春に父は死んだ。



                      一連の葬儀等の他に世帯主の死による、書類手続きの連続に、ボクは奔走をした。




                      父が亡くなる3ヶ月前くらいから母も寝込んでいたからだ。色々な問題が重なる。



                      未だに終わらない手続き。何て面倒な社会なのだ。複雑過ぎるし、事務的過ぎる。



                      まあ、そんなことを嘆いても仕方ない。やるしかないのだ。生きていけないのだ。




                      その間、母はたくさんの病院で検査を受けては、具体的な結果も出ずに悪化した。



                      母は、先月から入院している。ボクは家事など生活の諸々に追われていくようだ。



                      まるで32年前の事故の後に似ている。その後の人生が根底から覆ったあの頃と。




                      先日、母の介護申請をした。退院してきたなら、ボクは母の介護をさせてもらう。



                      母には随分と助けて頂いた。せめてもの恩返し。楽じゃないことは招致の上、だ。



                      でも、それが目の前の現実なら、受け入れることだ。ある意味、『必然』なのだ。




                      そんな訳で、今の暮らしは、維持するだけで精一杯。日々追い詰められた状態だ。



                      ボクは、愛するギターをもう15ヶ月間まったく触っていない。本当は弾きたい。



                      こんなに長い間ギターを弾いていないと自分が自分じゃなくなってしまうようだ。






                      そこで、ボクは語ることをヤメて、ギターを弾いてみたのだ。錆びた弦のギター。




                      勿論、練習する暇などない。そりゃ、指はぜんぜん動かない。でも、それが現実。




                      この現実のボクの『心』のありのままが『音空間』になる。ステキなことだろう。






                      別に演奏の善し悪しはどうでもよく、ボクの心が存在しなければ、生まれない音。






                      機材をセッティングし、録音ボタンを押す。本番一発録り。ボクの心の存在証明。












                      category:ギター | by:hallysmilecomments(2) | - | -

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