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    彼女は、裸になろう、と思った

    2013.03.29 Friday 17:55
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       玄関から狭い廊下へと上がってすぐに、彼女はブラウスのボタンを片手で外しながら、それを脱ぎ捨てるように体から剥いだ。スカートのファスナーを下げ、それも歩きながら脱いだ。ストッキングは、張り付いてなかなか脱げない。自分は何て面倒なものを身につけているのだろうと感じる。

       下着も脱いで、床に放り投げた。そして、体にまとわり付く、今日一日分の汗の膜を洗い落としたい衝動とともに、浴室の電気を付けるや否や、まだ少し冷たい状態のままシャワーを全身に浴びた。

       疲労のような、哀しみのような、不快な汗が自分の体から流れ落ちていくのを感じながら、丹念にボディ・ソープを泡立てた。この匂いが好きだと思った。


       タオルで体中の水滴を拭いながら、彼女は廊下とリビングに脱ぎ捨てられた服や下着を眺めた。いつもは自分を締め付けている下着が床で無言のまま崩れて佇む姿に、自分の今の心情を見た。まるで抜け殻のように見えるそれは、肌に密着している時に限って、使命を全うしている。

       自分は何かに締め付けられながら生きている。それが何なのかは判らない。けれど確実にきちんと呼吸を出来ていないように感じる。気持ちよく息を深く吸い込む一歩手前で、何かが抑制をかける。

       

       彼女は裸のまま、冷蔵庫から缶ビールを出して、それを一気に流し込んだ。乾いた喉に染みるようで、痛い。そのままソファに座り込むと、再び部屋を眺めた。それなりに綺麗に整頓された空間に、脱ぎ捨てたままの服や下着が、自分が日々抱え込んでいる心の汚れを象徴している気がして、ふっと笑顔になった。別に可笑しい訳じゃない。ただ笑ってみただけだ。体の汚れは簡単に落とせるけれど、心の汚れは落ちはしない。それを受け入れようとして、せめて笑ってみたかった。


       彼女は部屋で裸で過ごすことが好きだ。そして、こうして裸でいると、ふと男の肌が恋しくなる。自分は、どれくらいセックスをしていないだろう、と考えてみた。


       村上春樹のノルウェイの森では『簡単にセックスしてもいいんだよ』と教えてくれたような気がしている。そんなに難しく考えることじゃない。『簡単にする』って、考えの甘さや軽い気持ちなどとは明らかに違って、心の深い部分から自然に生まれる感情だと彼女は思う。

       そして、以前読んだ詩人の谷川俊太郎と彼の娘との会話に結びつけてみる。

       父が娘に聞く『最近、君はセックスを楽しんでいるか?』『恋人じゃなくて、男友達と遊びの延長で、セックスすればいい』と。

       娘が答える『私も男友達と楽しいセックスがしてみたい』『私も同じようなこと考えていた。それは素敵なことかもしれない』と、父と娘の、まるで日常の出来事について会話するような、お互いを信頼し合っている言葉だった。

       具体的な細部は曖昧でも、内容はくっきりと輪郭を持っている。記憶とは、そんな感じでシャープな輪郭で印象付けられるのだと、彼女は勝手に思い込んでいる。


       愛した男たちは、自分の体を通り抜けて、何処かへ消えて行った。その度に、心の一部を削り取られた。消えていなくなったのだから、心の欠片も戻って来ない。

       潤いのなくなった自分。ぬくもりを忘れかけた自分。日々の生活に追われながらその暮らしの中で、少しずつ大切なものを失っていないだろうか。それに対して、意識が鈍くなっていないだろうか。酔いが心地よくまわり始め、ぼんやり、頭でなく心で想った。ビールが喉から胃に落ちて行く時に、シャワーで落すことの出来なかった哀しみも、胃の底に落ちて行くように感じる。

       『簡単にセックスしていいんだよ』

       誰がそれを素直に感じてくれるだろうか。

       誰がそうしたいと想ってくれるだろうか。

       誰がそこに愛を見つけてくれるだろうか。

       自分はそこに愛を見つけられるだろうか。


       彼女は時々妄想に耽る。今もすでに非現実的なその中に入っている。

       自分が男になって、女である自分を抱きしめる。自分をいう女は、男の目にどのように映るのだろうか。肌は滑らかなのだろうか。乳房は優しいのだろうか。体は熱い気持ちにさせるのだろうか。動きはしなやかに呼応するのだろうか。自分とのまぐあいにどんな愛を感じるのだろうか。

       自分を客観的に見ることとは違う。他人の、異性の目線で感じたいのだ。自分でない五感で味わいたいのだ。

       しばらくそんな妄想を楽しみながら、時間が過ぎていく。彼女だけのための夜が更けていく。ただ何もない時間じゃない。中身のある大切な時間。


       床に散らかったままの下着や服を片付けて、感傷に馴染みそうな気持ちの流れを断ち切ろうとした。自分で放り出したものは、自分の中に蓄積していく。彼女はそれを自身の体験を通して知っている。だから、怠惰に見過ごすことは避けている。


       体が冷えないうちに、彼女は裸のまま、コットン100%のシャツとショートパンツだけを身につけた。部屋で過ごす時には下着を付けない。女には、月に一度は面倒で不快なことが起こる。それを性と捉えるよりも、命を生むことの尊さと捉えたら、自分は女に生まれてよかったと感じる。それを確認するように、締め付ける下着を付けずに、柔らかな素肌で、コットンの滑らかな感触を通して、自分の中の女を探している。肉体は、心の状態を具現化して、日々変化するものだと彼女は感じる。


       壁に飾ったお気に入りの写真に視線を向けた。自分で撮った写真だ。太陽の強い陽射しを背中に受けて、地面にくっきり映った自分の影を捉えたものだ。自分の肉体そのものではないけれど、自分の存在によって生まれた影。そこに自分を見る。それは哀しみでも喜びでもない。ありのままの自分自身だと彼女は想う。


       そうして彼女の1日が終わろうとしている。昨日とは別の新しい1日。布団に入る前に、彼女は、裸になろうと想った。今日は、裸で寝るのがふさわしい。




      なんて。かつて暇つぶし及び気分転換に幾つかフィックションを書いた。


      ブログを始めたものの、書くことがないので、とりあえずそのひとつを載せてみた。




      ともあれ、ボクがブログを始めようが、今日も地球はまわっているのだ。







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