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    一緒に暮らす、家族にしか判らないこと

    2014.05.28 Wednesday 05:53
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      某有名俳優が亡くなった葬儀で、長男が挨拶で父を批判するような発言をした。



      父のことを『人としては最低だった』と。だが、それには、付随する補足もあった。



      そのことに関し、その俳優と親交のあったデヴィが自身のブログで発言したらしい。




      常識に欠け、批判や否定など言いたい放題のその夫人は、長男の人格を否定した。



      そのことは、ボクにはどうでもいいことだ。昨今、『よくあること』でしかない。



      だが、『家族にしか判らないことがある』『他人が口出しするのはどうか』と思った。




      どこの家族にも、一緒に暮らしていれば、多かれ少なかれ大小の問題はあるだろう。



      外からは見えないこと。家族以外には判らないこと。それがあるのは、当然だろう。



      それを配慮せずに、他人が『言いたいことを主観で言う』はどうかとボクは思う。




      ボクの父は、外での人格と家庭内での人格が別人のようであり、最初の謎だった。



      外では、愛想よく、見栄っ張りでお調子者だった。喋り出すと止まらないくらい。



      だが、家では、常に仏頂面で不愉快なことしか口にせず、重い空気を放っていた。




      ボクは、幼い頃から褒められたことがなく、何事においても、貶され続けてきた。



      物心ついた頃から『お前はダメだ』と言われ続け、叱ると言うより怒鳴られていた。



      感情的に『だから、お前はダメだって言うんだ』と何をしても貶すことしかしない。




      それでボクは幼い頃から神経症になった。家族で出掛けることも不安しかなかった。



      父は車の免許を持っていなかったので、外出はいつも電車だったから余計辛かった。



      ボクは、自律神経失調症で何度もトイレに行きたがるようになり、怒鳴られ続けた。




      もう、小学生になった頃には『生きることがイヤになっていた』と鮮明に記憶する。



      何に対しても無気力な少年だったボクが、ビートルズに衝撃的な出逢いをしたのだ。



      それを境に、音楽の虜になり、小学5年生の頃からエレキ・ギターに憧れを持った。




      駅前のレコード屋兼楽器店に通い、憧憬の眼差しで、ボクの瞳は輝いていたと思う。



      こつこつと親戚にもらったお年玉を貯め、1万円もしない安物のギターを買おうとした。



      勇気を出し、ボクは父の許しを請おうとその旨を伝えると、無言のまま拳で頬を殴らた。




      土下座をして泣きながら謝るボクの腹を蹴り上げて、母が止めに入るまで蹴られた。



      その出来事をきっかけに、ボクは無気力になり、父を心の底から憎むことになった。



      バイトをして貯めた金で、7年後ようやくボクは念願のエレキ・ギターを手にした。




      そして、その直後に、我が家における交通事故に巻き込まれる大事件が起きたのだ。



      その時にも、父はボクを罵倒した。精神的にショック状態の息子を罵ったのである。



      最悪の状態の中、ボクは心身症やウツ病を抱えても、父はそれを『否定』したのだ。




      ボクは長い時間を掛けて『自己再生』をしつつ、父と向き合うことを試みたりした。



      冷静に『対話』をすることをしたが、それにも聞く耳持たずに、ボクは否定され続けた。



      病気で何も出来ない頃には、『人間のクズ』と罵られたりして、病気が悪化したりした。




      何十年も経ち、父が病で倒れた時には、自分の中での葛藤を払拭することを試みた。




      最後の1年くらいは、ボクと母は、身を粉にして、父の看病と世話に全力を注いだ。



      死ぬ数週間前に、喋るのもままならない父が、始めてボクに感謝の言葉を口にした。



      病院のベッドの上で延命措置を受ける中、『お前に任せれば安心だ』と言ってくれた。




      その瞬間に、ボクは何かを覚悟した。『許す』とかの問題じゃない。説明は無理だ。



      家族を翻弄し続けた『暴君』だった父は、特に母には相当の苦労を掛けたと思う。



      それを証拠に、父の死の前後に、母はまるで別人のように変わり、病に倒れたのだ。




      何がどう、と言うのじゃない。そういうことは、一緒に暮らした家族にしか判らない。




      親戚や知人は、言いたいことを言う。ボクも母もそれらを聞き流すことにしている。




      暴君として、家族の中心に存在した父を失って、母とボクとの家族再生が始まったのだ。





      母は昨年末に一度死にかけたが、今は生きる力を取り戻し、ボクはその手助けをする。




      ボク自身も病気を抱え、母の病気は年齢的に完治は難しい。困難なことに変わりない。




      余計な雑音に惑わされないよう、今は肯定的に雑音を遮断するような生活をしている。





      家族にしか判らないこと。だからこそ、社会の入り口である家族は大事だと思える。









       
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