自分が死んでも、残るものたち

2015.10.15 Thursday 13:17
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    画家マリー・ローランサンの詩に『鎮静剤』というのがある。


    『退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です。

     悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です。

     不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です。

     病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です。

     捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です。

     よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です。

     追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です。

     死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です』


    一番哀れなのは、『忘れられた女』なのだそうだ。



    でも、ボクは死んだら、誰の記憶からも忘れられた人になりたい。


    この世に存在していたことなど、『なかったこと』にしてほしい。


    それも含め、『死の準備』をしながら、『生きている』のである。




    そこで、ふと思ったのだ。心が荒んでいても、何かを思ったりはする。



    ボクが死んでも残るものがある。人間は厄介にも産物を残す生き物だ。


    ボクが演奏して、ボクによってこの世に『生』を受けた『音』がある。


    絵を描いたり、詩を書いたりもしたが、演奏も無駄に形にして残した。



    ボクという人間が存在しなかったなら、『それ』は永遠に生まれない。




    だが、そう思うと『徒に産み落としてやろうか』との邪念に駆られる。




    跡形もなくこの世から消えてなくなりたいと思いつつ、矛盾している。




    なので、9ヶ月振りにギターを手にして、その音と空間を刻んでみた。



    演奏そのものは、よろしくない。日々の修練を断たれた自堕落の印だ。



    だが、そんなことはどうでもいいのだ。悪足掻きのように跡形を残す。




    過去の録音のバック・トラックを引き出し、一発録りで爪弾いてみた。




    体調不良により、体が言う事を聞かない。それが、『今』なのである。




     





    音楽は生モノである。だが、ボクが消えてなくなってもこの音は残るのだ。











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    2017.05.05 Friday 13:17
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