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    自分を疑わないでいられる人たち

    2016.06.21 Tuesday 17:09
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      ボクは子供の頃から神経過敏で、他人と付き合うことがとても苦手だった。

      要領も悪いし、顔色を伺うし、まず色々なことが気になって仕方なかった。

      友人関係では必要以上に気を遣い、小さい体をした子供らしくない子ども。

       

      幼いながらに『心の狭い人間だ』と自分の器の小ささを哀れに思っていた。

      心の中では『何であの人は我が儘なんだ』『何ていい加減なヤツ』と思う。

      それは、思春期を経て更に『モヤモヤ』が増える一方で、何も解決しない。

       

       

      グレかかったりもしたし、人を信じなくもなったりして自分の殻にこもる。

      ところが、二十歳を過ぎた頃にあることに気付いたのである。目から鱗だ。

      人生が根底から覆る事故に遭遇したこと。それで病気になったことに由る。

       

      身勝手な人間による軽卒な事故の被害に遭うことは、無意識という事件だ。

      実際に、3ヶ月程歩行困難だったし、ウツでは5年以上も無駄に消費した。

      それに対しては、『何の保証も出ない』理不尽さ。家族さえ無関心でいる。

       

       

      人に『何かを期待することは自分のエゴだ』と気付いた。自分中心の発想。

      自分の中だけの発想を疑ったことで、自分を苦しめていたことと向き合う。

      人は、『他人に変わることを望めない』『自分が変わるしかない』との事。

       

      人間関係において、何かの壁にぶつかると、ボクはまず自分を疑ってみた。

      ある人を『いい加減に感じる』のは自分であり、自分の物差しに由るもの。

      だったら、自分の物差しを幾つか用意して、『心に猶予を与える』ことだ。

       

       

      自らが心を動かすこと。それを促した。だが、そう簡単にはいかないのだ。

      衝動的に『怒り』『憤り』を感じてしまう。積み上げたものが崩れる瞬間。

      一度崩れてしまうと『ヤケになる』のが弱い人間の習性で、自分も同じだ。

       

      積み上げては崩し、また積み上げては崩しを繰り返す。学習にはならない。

      そんなこんなで、かなりいい歳になってしまった。未だに模索をしている。

      だが、世の中は『自分を疑わずにいられる人がいる』ことがあり得るのだ。

       

       

      この十数年、悩まされている『バーベキュー人間』達の疑いない振る舞い。

      凡そ『自分が楽しいと思うことは、他人には不快だったりする』事が多い。

      まさにバーベキューは他人には『臭い』『ウルサい』迷惑でしかないのだ。

       

      でも、本人たちの中には、そのような意識はない。たぶん、ない気がする。

      他人に迷惑が及ぶ行為だから、キャンプ場等然るべき場所でやるべきこと。

      それを傍らに住宅街があって出来るのは、『自分を疑わない』のであろう。

       

       

      長年、常識ない(と思っている)隣人のトラブルにも悩まされ続けている。

      いい加減に、悩んでいる自分がバカに思えてくる。何でこんな苦しむのか。

      隣人は、『戯けたことを平気でやる人』で、彼も自分を疑わない人だろう。

       

      ならば、『ああ、またか』『バカだから仕方ない』と強引に決着をつける。

      これも有効な手管としても、最終的には、自分が変わるしかないのである。

      気にすれば、余計に必要以上に気になって、小さな火種で火事を招くのだ。

       

       

      例えば、車の運転中。買い物先、電車、公共の場において。カチンとくる。

      その度に深呼吸をして『おいおい、おバカな俺、少しは学習しろ』と促す。

      お釈迦様じゃあるまに、『未熟』なまま死んでいくなら、まずは学習しろ。

       

      まあ、10年前に比べたら、随分とマシになった。少しはゆとりが持てる。

      心の遊びを持つには、自分で『己と対峙し、自己懐疑の念を持つこと』だ。

      何事にも『遊びがない』のは危険である。車のハンドル然り。未然に防ぐ。

       

       

      人間社会において。納得出来ないこと。腑に落ちないこと。怒り。憤り等。

      負の要素はなくならない。世界平和など、もはや、幻想にもならないのだ。

      小さい箱庭の中で、悩み苦しみ、徒に心身を擦り減らすなんて、愚かしい。

       

      苦しみの中で苦しみと向き合い、心身不良とうまく付き合うしかないのだ。

       

       

       

       

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