カーラ・ブレイ、という謎

2014.11.15 Saturday 06:22
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    カーラ・ブレイは、希有な才能と魅力溢れるジャズの枠にハマらない音楽家だ。



    カーラは50数年前にポール・ブレイと結婚してからブレイ姓を名乗っている。



    しかし、同じピアニストでもあるポールとは、熱くも短く、すぐに離婚をした。




    ポールは、ゲーリー及びアーネット・ピーコック夫妻と接近し、関係が拗れる。



    ポールはアーネットに恋をして、二組の夫婦はそれと同時に交錯して分裂した。



    離婚後、カーラもアーネットもそれぞれブレイ姓とピーコック姓のままである。




    のちにカーラはバンド仲間のマイケル・マントラーと結婚をして、娘を授かる。



    だが、カーラ、マイケルと同じバンド仲間のスティーブ・スワロウと恋に落ち、



    マイケルとは離婚をし、現在もスティーブとは公私共にいい関係を続けている。




    ポール・ブレイはカーラの才能に敬意を持ち、現在でもカーラの曲を演奏する。



    カーラは半世紀近く経った今でもブレイ姓のまま、カーラ・スワロウではない。



    ミュージシャンに敬愛され、常にリーダーであり続けるのも彼女の才能の一つ。




    いずれにしても、ボクには卓越した才能を発揮し続けるカーラは『謎』のまま。




    なぜこんな、凛と美しいメロディを紡げるのか。凡人のボクには謎でしかない。




    自己陶酔したり技巧を見せつける人とは対照的に、音数は少なく、無駄もない。







    魔女のような風貌は半世紀前と殆ど変わらない。本当に魔女なのかもしれない。







    カーラの初期の傑作『アイダ・ルピノ』。ポール・ブレイのソロ演奏は名演だ。


    大学生の頃、ジャズ喫茶の高級なスピーカーで聴いた時の衝撃は今も忘れない。


    その時からカーラの謎を発見する旅は続いている。こういう旅に終わりはない。



    生きることは、そんな旅の連続。発見、失敗、挫折。発見は始めの一歩になる。






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    ドン・チェリー

    2014.11.12 Wednesday 08:48
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      ドン・チェリーの音の世界に浸る時には、身も心も委ねるのがいい。



      大地に根をはる木のように、見えない部分に『命』があるのを知る。



      音楽とか芸術とか、言葉でそれを語ることに意味がないことを知る。




      時に、優しく。時に、激しく。この体に血が流れているのを感じる。



      ただ、それだけでいい。何がいい、とか。理屈は黙らせておくだけ。



      心も体も浄化を望んでいる。怒りや妬みが自分にないとは言えない。




      よろしくない『何か』が、自己対峙を阻害する。その壁を壊すこと。



      自己主張も含め、すべて表現。人は生きているだけでもそれをする。



      ならば、なるべく『人の心が温かく柔らかく』なることが望ましい。




      自由とか、自然とか。意味を求めたのなら、彼の音は感じられない。








      彼にとって、声もどんな楽器も『愛しい命』の表現方法になるのだ。








      10代という、多感な時に彼に出逢えたことは必然として感謝する。






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      チャラン・ポ・ランタン

      2014.08.29 Friday 21:04
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        音を楽しむ、と書いて、音楽。だが、楽しめる音を探すのがどんどん難しくなる。



        すっかり『CD』が売れなくなり、音楽業界は瀕死状態のようにボクには思える。



        商売であるから、『売れるモノ』をどんな手段でも売るのが販売戦略になるのか。




        売れる見込みのある商品は、『握手券付き』とか『バージョン違い』とかで売る。



        同じ商品を、同じ人によって複数枚買ってもらう。それで帳尻合わせをするのか。



        過去の名盤においては、『リマスター』『紙ジャケ』とかで再販を繰り返すのだ。




        ボクなどは『ジェフ・ベック』の『ブロウ・バイ・ブロウ』を何枚買っただろう。



        初のCD化。リマスター盤。紙ジャケット。SACD。など、5枚は買っている。



        しかも、再販する度に値段が高額になる。音を楽しむには、本末転倒な気がする。




        地味だが良い作品や才能あるけれど一般受けしない人もいるが、世に出回らない。



        もはや、自分の心の琴線に触れる音は、草の根分けて自力で探すしか手管は無い。



        ラジオでも、テレビでも、『同じような人』しか触れられない状況では仕方ない。




        そこで、ボクが密かに気に入っている『チャラン・ポ・ランタン』という姉妹だ。



        21歳の妹がヴォーカル。26歳の姉がアコーディオン。サーカスの匂いがする。



        地道にインディーズで活動してきたのだが、今回メジャー・デビューすることに。




        ところが、それが『エイベックス』だったので、意外だった。間違いなく偏見だ。



        ボクの中での偏見。『どうか、商売に翻弄されて、自分の音を見失わないで』と。



        余計なお世話に過ぎない。『売れる音楽』と『いい音楽』の概念などないだろう。




        ともあれ、少しは世間に認知されて、彼女たちが活躍してくれたらボクも嬉しい。




        妹が17歳の時にデビューして、姉妹それぞれに才能がある。今時の音ではない。













        これらは、インディーズ時代のアルバムに収録されている唄。今後どうなるのか。


        古くは、『エディット・ピアフ』や『越路吹雪』を彷彿させると言えば大袈裟か。


        何より、生演奏で、その演奏がしっかりしているのが素晴らしい。音は生ものだ。




        個人的には『おっぱいブギ』という唄が好きだ。『おっぱい』は素晴らしいよね。
















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        イリーナ・メジューエワ

        2014.07.05 Saturday 10:49
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          一音、一音に『魂』を込めるように、指先は鍵盤の上で会釈をする。



          まるで、次の瞬間には命が絶えてしまっていい、という覚悟のよう。



          ちっぽけな感傷など介せずに、自分が自分であることを受け入れる。




          その人の『心』は、慎ましいくらいの『勇気』で溢れているようだ。



          紡ぎ出す音で心を、赤子を抱くように『癒し』『浄化』で包み込む。



          それでいて、『生きること』の静謐を無言のままに提示してしまう。




          こんな『表現者』にボクはなりたいと思う。理屈など、黙るだけだ。




          すなわち、『生き方』それ自体が『表現』になると感じているのだ。




           












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          歌謡曲は、今も息づく日本の文化

          2014.06.18 Wednesday 09:22
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            ボクは、日本における、今時の似非アメリカンな音楽より、歌謡曲の方が断然スキだ。



            現在も輝く日本の歌謡曲の碑を築いたのは、作曲家『筒美京平』氏だと確信している。



            昭和の時代、日本の音楽も西洋化する中、天才、筒美氏の功績は甚大なるものだろう。




            これぞ歌謡曲。という唄の中で、筒美氏の曲は燦然と輝いて、今も新鮮であり続ける。



            古くは『伊東ゆかり』辺りから始まり、アイドルのベスト盤の名曲はほぼ彼の作品だ。



            いったい彼はこの世に何曲の名曲を生み出したのか。歌謡史の中で欠かせない存在だ。




            そこで、だ。彼を筆頭に栄華を築いた歌謡曲は、今でも細胞分裂して生き残っている。



            歌謡曲は、日本の文化だと言える気がする。いわゆる『アニソン』も細胞分裂の一部。



            特に際立つのが、『パフューム』『きゃりーぱみゅぱみゅ』などの一貫した世界観だ。




            彼女たちも、細胞分裂して進化した、『独自』の歌謡曲だとボクは勝手に思っている。



            彼女たちに共通しているのは、『旋律の親しみ易さ』に、『歌謡曲』の神髄を感じる。



            歌謡曲の身近な感覚を『コンピュータ』で有効活用して、現代の音楽として再生した。




            ボクはコンピュータの打ち込みは嫌いだが、彼女達の音楽は『戦略』としての個性だ。



            ボクの中で、『パフューム』はアリだが、『エクザイル』はナシだ。これが分岐点だ。



            黒人音楽などアメリカンな音を目指している?人が、安っぽい打ち込みでは頂けない。




            だが、『パフューム』『きゃりーぱみゅぱみゅ』は、日本の歌謡曲が土台にあるのだ。



            歌謡曲の親しみ易さを現代で活かすのに、『工夫』が必要なことを逆手に取った手法。



            『パフューム』というジャンルで、『きゃりーぱみゅぱみゅ』とジャンルになり得る。




            中途半端にアメリカの模倣などせずに、日本独自の音を細胞分裂させて活かす戦略だ。



            一時代を築いた『歌謡曲』の持つ底力を侮ってはいけない気がする。日本独自の世界。



            それが今、アイドル性を全面に押し出し、世界に『カワイイ』が派生していると思う。




            そこで、最近発見した『BABYMETAL』なる若い娘たちも、歌謡曲の後継者だ。



            アイドル歌謡とヘビーメタルを合体させた。まさに『工夫』により細胞分裂した形だ。



            それを『メタルじゃない』とか言うのは、無粋の極み。固定観念の無意味さを感じる。




            逆に、世間一般の『ヘビメタ』のイメージとは掛け離れたフリフリのスカートがいい。



            見た目は、アイドルそのもの。たまたま『ヘビーメタル』という素材を使っただけだ。



            『パフューム』といい、『きゃりー』といい、この『BABYMETAL』も独自性。




            筒美京平氏がその才能を遺憾なく発揮した『遺産』が、新たな形で恩恵を受けている。



            『商売』として膨張していく某A○B商法とは一線を画すアイドルのあり方だと思う。



            それは、世界でも『何だ、これ』『カワイイ』と外国人の興味を惹くアイドルの形だ。




            まだ日本でデビューしたばかりなのに、レディ・ガガのアメリカ・ツアー参戦らしい。



            まあ、日本贔屓のガガのシャレだと思うが、オープニング・アクトに抜擢されたのだ。



            当然、何事にも『賛否両論』はあるものだ。好き嫌いがはっきりしているのは、いい。




            何より、ボクは歌謡曲をこよなく愛している。日本文化の象徴、アイドルに継承される。




            筒美京平氏の曲は、時代と共に古くならない『本物』だから、今も愛聴するボクである。




            これが『BABYMETAL』だ。14才の女の子とメタルのミスマッチが斬新なのだ。










            素材さえ吟味すれば、如何様にも料理が出来るのが音楽だ。観念などは捨てた方がいい。





            筒美氏作曲の南沙織や麻丘めぐみの曲は、『テクノ』にも『ヘビメタ』にもなりそうだ。



             










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            おっさんの情熱は、底知れないのだ

            2014.05.31 Saturday 06:33
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              元Drフィールグッドのギタリスト『ウィルコ・ジョンソン』が余命数ヶ月と宣告された。



              そこで、ザ・フーの『ロジャー・ダルトリー』が彼とのレコードをチャチャっと作った。



              彼は『今しかやれないからやろう』とウィルコに声を掛け、仲間を集めて即、実行した。




              このウィルコさん、いわゆる『ワン・パターン』の神髄を行くギター演奏が爽快なのだ。



              後数ヶ月と死を宣告されて、全盛期と同じギター・フレイズを見事なまでに繰り出した。



              更には、御年70になるロジャーの声の張りたるや、そこら辺のガキには叶わぬ勢いだ。




              ベテラン達による、その演奏は、今時の足腰の軟弱な若者には出せない『凄み』がある。



              音楽、『いい、悪い』じゃない。この滲み出るような『味わい』に惹かれるかどうかだ。



              ボクは、唸った。単純に、感動した。実にシンプルだ。何回か聴いて飽きる代物でない。




              昨今、おっさんたちの勢いが止まらない気がする。元気な人が多い。これは嬉しいこと。



              だが、音楽業界の『商売』においては、そんな、おっさんたちが隅に追いやられている。



              大手企業は『売れるモノ』しか力を入れない。『儲けるための音楽』で『商売』をする。




              そんな業界には目もくれない、おっさんたちの音楽が、この世のどこかで息づいている。




              これを聴かずして、死ねるか。という『音』に触れる機会は、自分で発見するしかない。




              すべての出逢いは必然である。出逢えなかったら、出逢えなかったことすら知り得ない。





              ウィルコは、サーッカーボール大の癌の他、幾つかの臓器を摘出して、今も生きている。





              これが今年、最後になるだろうとレコーディングされた演奏だ。熟練と新鮮が同居する。








              抗がん治療で、髪を失ったウィルコだが、生きる力があり、未だロックな顔をしている。



              こうして、彼らの全盛期の演奏を観てみると、やっぱり『若さ』の勢いも感じるけれど。






              当時のバンドはライブが真骨頂だったが、ギターのピートはクレイジーでカッコいいわ。









              これらを経ての『今』なんだろうな、と実感する。何しろ、半世紀近くも前なのだから。





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              音楽、における絶滅危惧種を守らねば

              2014.05.11 Sunday 09:29
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                ボクは、こよなく『音楽』を愛している。もうそれは、無限の愛なのだ。



                その音楽に大切なのは、まず旋律なのだが、音色。響き。これも最重要。



                ギターを弾くボクにとって、『音色』と『響き』の奥深さには際限がないと思える。




                職人の手によって作成された楽器は、大量生産とは、まるで『別物』だ。



                それなりに高額なのは、避けられない。何物においても、金額の問題じゃないのだ。



                ボクの所有している愛用のギターも惚れボレするくらいに『いい鳴り』をしている。




                まずは、『音色』の素晴らしさ。更には、『響き』の逞しさ。




                そこで、話を180度、方向転換して、ボクは『打楽器』に凄く興味がある。



                凡その楽器には『旋律』が存在する。微妙な調律を求められ、とても繊細だ。



                そこで、『打楽器』には、基本的に『旋律』はない。




                ところが、太鼓の皮の張り具合や乾燥具合などで、音の高低や響きが繊細に変わる。



                その『旋律』を持たない打楽器は、『リズム』という音楽全体の宇宙、を司るのだ。




                ボクにとって『音楽』における『リズム』は最重要にも感じてやまない。



                いわゆる『間』だ。その『間には、無限の空間が広がっている』と思う。



                この『間』がダメだと、音楽全体が『ダメ』になるとさえ感じてしまう。




                そこで、昨今は、殆どコンピュータによる『打ち込み』が主流になった。



                これは、ボクには『論外』になる。コンピュータは、正確無比。寸分の狂いもない。



                それが、ボクにとっては、『心地が悪い』『拒否反応』をもたらすのだ。




                人間は、当然一人一人違うので、その『違い』が『リズム』にも活かされる。



                その人の『間』という偉大なる『リズム』が『情緒』や『風情』などを生む。



                和音や単音で、旋律を彩る楽器などは、その『間』によってより活かされる。




                『間』は埋めるものではなくて、旋律で『間』を生むことも『音楽』になる。



                バッハのピアノ演奏で有名な『グレン・グールド』は、独特の『間』を持つ。



                彼にしか出せない、その『間』が、旋律や音色を、より魅力的にさせている。




                そういう意味では、旋律を奏でる楽器も『打楽器』の一種でもあると捉えられる。




                なので、ボクは、まず『リズム』の『間による空間』を最重要に選択をする。



                自分ですべての楽器を演奏して録音する宅録の際に、ドラムは、プログラミングに委ねる。



                しかし、細かくスネアやバスドラを微妙にズラし、揺れの空間を出す作業に手間をかける。



                これで、多少は『正確無比』でなくなり、『空間の広がり』が生まれる気がしているのだ。




                そこで、『音楽は、リズム隊で如何様にも変わる』、との信頼は揺るぎないのだ。




                例えば、『バーナード・パーディ』のドラムと『チャック・レイニー』のベース。



                或は、『ラス・カンケル』のドラムと『リー・スクラー』のベースは間違いない。



                彼らのような鉄壁のリズム隊なら、『揺れと安定性』に安心して身を委ねられる。




                現代ジャズならば、『ブライアン・ブレイド』と『エリック・ハーランド』のドラム。



                もう、ただ唸るしかない。彼らが後にいれば、誰もが『自分の演奏』に幅を持たせられる。



                縁の下の力持ち。影の立役者。『自分が、自分が』と表に出なくても、とても際立つのだ。




                その『打楽器』においては、生身の人間が生み出す『揺らぎ』が最重要な気がしている。




                それを演奏で具現出来る『職人』のような演奏者が、すっかり絶滅に瀕しているようだ。




                希少価値のある昆虫のように、絶滅から守らなければ、音楽も、つまらないものになる。





                そこで、ひっそり期待をしている若い才能が出てきたりすると、ボクは個人的に嬉しい。




                最近、ごく一部で話題になっている『女子高生天才ドラマー』と言われる川口千里さん。




                これは、彼女が中学生の時の演奏だが、その潜在的な能力には、期待をもたせてくれる。








                昨年、15歳でCDデビューをした。経験の浅さ故の未熟さにこそ、無限の可能性を感じる。







                来月には、アメリカに渡って、向こうの一流ミュージシャン達と競演したセカンドCDが出る。



                YouTubeって好きじゃないのが、こういうのに『Bad』を示す捻くれモンがいるのだ。








                最近は、すっかり新しい才能は女性ばかりで、ホント男の子は草でも食べているのだろうか。



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                歴史的大傑作が、抹消されたままだ

                2014.04.25 Friday 09:19
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                  最近は、CDの発売より『音楽配信開始』の情報をよく耳にするようになった。



                  いわゆる『ダウンロード』ってヤツだ。音を通信で取得する代物である。



                  古い思考のボクにとって、これは『音楽に対する冒涜』にしか思えない。




                  まあ、そんなことはどうでもいいのだ。下らない前置きをしてみただけ。



                  問題は、愚にもならない音は世に出回るのに本物の音楽が聴けないこと。



                  かつて『レコード』の時代に発売されていた作品がCDで聴けないこと。




                  数多くある、そのような作品の中でも『Gil Evans』の『Priestess』。




                  この世紀の傑作が聴けないことは、ボクにとっても、ギルのファンにとっても悲劇なのだ。




                  いったい、レコード会社は何を指針にして商売をしているのか、疑問でならない。



                  まあ商売であるからには、『需要』のあるなしが死活問題であることが前提だが。



                  音楽は、『量』より『質』を尊重して然る。商売との兼ね合いは線引きが困難だ。




                  乱暴に言えば、『お子様ランチ』のような代物に耳が慣れてしまった聴き手の質の低下。



                  それが『需要』を担うのだから、商売に身を売った音楽業界全体の体たらくにも感じる。



                  にしても、だ。この素晴らしい歴史的傑作を眠らせている音楽業界は、どうかしている。




                  なんて、ボクのような人間が声を出しても、ただの戯言でしかないのだ。




                  このレコードは真の『記録』で、まずA面を占めた20分近い表題曲が素晴らしい。



                  先陣を切るデヴィッド・サンボーンのサックス・ソロ。


                  それに続くルー・ソロフのトランペット・ソロ。


                  ラストのアーサー・ブライスのサックス・ソロ。



                  三者三様に、それぞれが名演を繰り広げ、ギル編曲の、見事なまでのアンサンブル。



                  複雑なリズムの融合による『空間の拡張』の中で天に舞うアドリブ・ソロの醍醐味。



                  ボクは、レコード発売と共に手にし、体感し『感動で震えが止まらなかった』のだ。




                  演奏者全員が『自分の役割の全う』で融合した『希有な瞬間』を切り取った音源だ。




                  特に過小評価されている『ルー・ソロフ』にとって一世一代の名演だった。



                  更に、B面のジョージ・アダムスのサックスによる『唄』は鳥肌もの、だ。



                  サンボーンに心酔するボクを唸らせた、もう一曲のバラードも素晴らしい。




                  それが、この世のどこかに眠っているなんて、どうかしているじゃないか。



                  まあ、所有しているレコードは丁寧に保存してあるので、それを聴けばいいのだが、



                  レコード針の寿命を考え、聴くのも慎重になっている自分も悪いのである。




                  だが、しかし、このような『記録』が、まさに『レコード』だけってどうなんだい。



                  ギルの晩年における傑作群の一部が、音質の悪いCDしか存在しないことも切ない。



                  出来ることなら、最近の開発を活かしたいい音質のCDで聴きたいと思うのである。




                  これは、ギルだけに限らず、他にも五万とある傑作が、このまま抹消されるのかい。





                  この『MP3』なる音源もヒドい。生演奏による楽器の艶が無惨にも削がれている。



                   












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                  まあ、それを見た自分が悪いのだ

                  2014.03.08 Saturday 09:11
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                    長きに渡って世間を欺き続けていた人間の記者会見を見てしまったのだ。



                    音楽を愛するボクとしては、『そういう』人間に嫌悪感を持っていたからだ。



                    まあ、見たボクがバカだったのだ。




                    結果的には『ただ、ただ不快になっただけ』で、疲労感が残った。



                    もう『何が真実か、嘘とか』なんて、『どうでもいい』気がする。



                    そんなに容易く『天地神明に誓う』なんてことを言うなよと思う。




                    一番の許されざる行為は、『音楽への冒涜』と『障害者に対する欺き』なのだ。





                    この期に及んで『コトをややこしく』しているだけで、『名誉毀損』もないもんだ。



                    人の心を踏みにじる行為をしておいて、まだ『自分を死守する』あり方には呆れる。



                    無駄にムカついた自分が悪いのだ。最初からそんなのは見なければいいだけの話だ。





                    この世には、『音楽を愛する人』は多くいるし、『障害を抱えている人』も多くいる。



                    そのような方々をこれ以上『不快な気分にさせる』性根の悪さは、論ずるに値しない。



                    彼の発言、今までのあり方を見て『どう思うか』は、見る側自身の問題になるだろう。




                    なので、『不快に感じた』自分の問題は、自分で処理しなければいけない。




                    抱える障害における苦労を見せず、健常者と同じように『自己』を表現する人もいる。



                    中には、『障害者』というフィルターを通して見られることなど気にしない人もいる。



                    世間というものは、『自分よりも大変な人が頑張る』ことに優越感を持つのだろうか。





                    ボクの敬愛するジャズ・ピアニストに『ミシェル・ペトルチアーニ』という人がいた。



                    生まれながらに障害を持ち『二十歳まで生きれば奇跡』と言われ、36歳まで生きた。



                    彼はボクと同年代で、数々の素晴らしい作品を生み出し、まさに同時代を生きたのだ。




                    生まれつき『ガラスの骨』と言われる『骨形成不全症』により、諸々の病気を抱えた。



                    だが、『音楽を愛する力』で彼自身が『音楽を生み続ける力』を具現化していたのだ。



                    まだレコードの時代に買った『100HEARTS』というアルバムは愛聴版だった。





                    彼の音楽『魂の響き』に包まれる際に、『障害者』などという先入観は邪魔なだけだ。




                    これは、件の詐欺師との比較ではない。そもそも『音楽』には『定義などない』のだ。




                    その『努力』や『苦労』などは一切『披露しない』で、ただ『自分を表現する』のみ。





                    これは、彼が亡くなる数ヶ月前の演奏だが、凄まじい程『生命力』に満ち溢れている。



                     




                    敢えて言う必要もないが、『音楽を愛する』とは、ミシェル、アンソニー、スティーヴ。


                    この三人の演奏の前では、ただ黙るしかないのだ。









                    category:音楽 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

                    傑作を生むのに確執はあり得る

                    2014.02.08 Saturday 01:01
                    0



                      ボクは、学生時代から音楽をやっていて、友人とはバンドを組んだりもしていた。



                      しかし、だいたい『確執』が生まれる。『仲良しコヨシ』ではやっていられない。



                      それぞれ『好み』も違うし、それ以前に『考え』の違いがあり、妥協が生まれる。




                      志を持てば、志が高ければ、その『妥協』は『軋轢』に変化したりもするものだ。



                      ただ『楽しければいいじゃん』って具合なら、それなりにはやっていけるだろう。



                      でも、一度生じた『軋轢』は『確執』へと化け、もう『一緒にはやれない』のだ。




                      受け手としてもプロの世界で散々見せられた。いいバンド程『確執』も多いもの。



                      一緒にステージに立つけれど、ステージを降りると『口も聞かない』なんて、ね。



                      それで、『メンバー・チェンジ』を繰り返したり、『分裂』『解散』までに至る。




                      昨今、一世を風靡した過去のバンドの再結成が多いが、恐らく『大人の商売』だ。



                      最近ドキュメンタリーでそれを匂わしている『イーグルス』というバンドもいる。



                      彼らは、『大人』になって『仕事に徹する』ことで、過去の栄光を引きずらない。




                      お互いの才能を活かすための『確執』を凌駕出来ない人は、バンドには戻れない。



                      彼らは、本質的に『プロフェッショナル』なのだ。個々の卓越した才能を認める。



                      実際ボクは数年前に再結成後の彼らのライブを体験したが、実に素晴らしかった。




                      同窓会気分でやっていると、『衰え』だけが浮き彫りになり、期待を裏切るもの。



                      それを知っている人は、安易に『また一緒にやろう』なんてしない。それもプロ。



                      だから『ビートルズ』は二度と復活しなかった。ジョンとポールの確執は無限だ。




                      その『ビートルズ』の傑作群は、ポールの才能がジョンを本気にさせたのだろう。



                      お互いが刺激し合い、化学反応が生まれた希有な天才同士に生まれた確執がある。



                      その確執を払拭出来たのが、ジョンの死だったことは、再結成の可能性の無さだ。




                      かの『ローリング・ストーンズ』などは、奇跡に近い。『確執』を凌駕している。



                      その謎は、素人には判らない。アルコールや薬物の問題さえも痛み分けしている。



                      まさしく彼らも『プロフェッショナル』なのだろう。もう敬服するしかないのだ。




                      実際、『昔の名前で出ています』なんてバンドに過去の栄光を越える作品はない。



                      だから、ボクは『確執』は肯定的に捉えている。あって当然だし、ないのは変だ。



                      あの時代だからこそ生まれた。現代のような時代には、『確執』さえ生まれない。




                      不便で不確かな社会に躍らされず、人の力が試され、凌ぎを削り合い淘汰された。



                      背筋が凍るような感動的作品は、生き残る人たちから生まれた。永遠に褪せない。



                      そういう作品や人に触れて、ボクは『人間』というあり方を知るような気がする。




                      今の日本は、急いて『手軽』『便利』をどんどん寄越せと何でもすぐ手に入れる。



                      そこら辺の兄ちゃんみたいな人が過去の名曲をパクリ、売れちゃったりしている。

                      (この件に関しては、加藤浩次が本人に生放送でよくつっこんでくれた。見事)



                      手を振り『絆』と叫ぶ人たちからは、『永遠の傑作』は生まれない気がしている。





                      才能の衝突による『確執』から生まれた傑作たちは、今も鮮度を失わないと思う。



                      ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』。


                      スライ&ザ・ファミリー・ストーンの『暴動』。


                      キング・クリムゾンの『クリムゾン・キングの宮殿』。


                      ピンク・フロイドの『狂気−Dark side of tha moon』。


                      イエスの『危機−Close to the edge』。


                      クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングの『デジャ・ヴュ』。


                      イーグルスの『ホテル・カルフォルニア』。などなど、枚挙にいとまがない。




                      ジャズなどに目を向けても、



                      マイルス・デイヴィスの、初期の名盤『バグス・グルーヴ』においては、


                      天才マイルスと天才セロニアス・モンクは録音の際に目も合わせなかった。


                      マイルスがソロを吹く時には、モンクに一切ピアノを弾かせていないのだ。


                      なのに、それぞれ素晴らしい演奏をしたのは、『確執』が生み出したのか。


                      当然ながら、ジャズは、いっせーの、せ、での演奏をして同時録音をする。


                      その場の緊張感を想像しただけで、ワクワクしてしまうのも刺激的なのだ。





                      痺れるような傑作。ただ唸るしかない名作。いくら時が流れても聴きたい。



                      聴く度に新しい発見と刺激がある。それは、聴き手にとっての至福になる。



                      時間軸も越えて、作品は生き続ける。無限の魅力は、音質や品質じゃない。




                      約半世紀前に生まれたこれは、確執によってデビュー作で解体した傑作の一つだ。






                      まず『演奏力』ありきが当然であり、作品も1+1=3以上になり得たと感じる。



                      30半ばの男が『ここにいるよ』『君に届く』とか叫んで、聴き手は感動をする。


                      安っぽい打ち込みサウンドに、素人歌唱で幼稚な歌詞を並べる現代は病んでいる。


                      パクリやゴーストラーターの件など当人を批判する以前に企業や社会全体の問題。
                      (仕事に関わる人の誰も疑問に思ったり、気付いたり声を上げないことが謎だ。



                      もう『音楽』も『商売』としてしか成立しなくなったのだろうか、と素朴に思う。




                      category:音楽 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

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