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2017.07.23 Sunday
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    痛い

    2016.05.10 Tuesday 13:36
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      痛い。
       

      心が痛い。
       

      のたうち回っても。
       

      体を横たえても。
       

      どうにもならない。

       

      もう30年も過ぎたというのに。
       

      あの日、あの時。
       

      負った傷が痛む。



      家族にも、その傷に塩をぬられ。


      友人にも、その傷に塩をぬられ。


      塞がらない、じゅくじゅくした。


       

      その傷を守りながら。
       

      あらゆる防御をしながら。
       

      生きていたというのに。

       

      日々の蓄積ですっかり疲れてしまった。
       

      心の問題ではない。
       

      心は、充分に『この痛み』に耐えてきた。
       

      自分を殺さずに、活かし続けてくれた。
       

      なのに、今、自分の無能さに項垂れる。



      でも、自分を守るのは、自分しかいないのだ。



      誰も、いない。


       

      少しでも、ほんの少しでも。
       

      この痛みが和らいでくれたら。
       

      まだ生きていける。



       

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      心の傷

      2016.05.07 Saturday 19:50
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        心の傷は、一生、癒えることはない。
         

        体の傷のように、自ら治癒はしない。
         

        心の、傷は、いつまでも疼いている。

         

        体の皮膚が塞がるようにはならない。
         

        開いたまま、『痛い』まま、なのだ。


        その痛みに、『慣れ』があるだけだ。


         

        なので、ちょっとした、ありきたりの言葉でも、塩になる。
         

        傷口に塗り込まれば、『滲みる』のだ。
         

        そして、酷く『疼く』のだ。

         

        それを人は、どれくらい知っているのだろう。
         

        小さな傷なら、それを補って余りあるだろう。
         

        でも、大きな傷は、どうにも補いようがない。
         

        パックリと開いた心は、元には戻れないのだ。

         

        いつまでも、どこまでも、その傷を背負うことになる。
         

        ボクの心に出来た傷は、今も、いつでも、疼いている。
         

        それに耐え得るよう、精神を鍛えてはいる。
         

        だが、所詮は、その場凌ぎに過ぎないのだ。
         

        背負った心の傷は、自分で守り続けるのみ。



        人はそれを『甘え』だとかも平気で言える。


         

        だから、人には優しくありたいと想うのだ。
         

        それで、見返りを求めたりはしない。
         

        自分を判って欲しいなんて想わない。

         

        それは、『何も望まない』ということ。
         

        心に『癒えることのない傷』を抱えた。
         

        その『宿命』とうまく付き合っていく。
         

        それだけが、生きることに繋がるのだ。


        命は、常に『何か』を求めているのだ。



        望まないことと求めることが、心の傷で鬩ぎあっている。



        だから、生きることが修練になり、それに終わりはない。




         

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        想像力を捨て去れる、人間たち

        2016.05.04 Wednesday 12:53
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          魔のゴールデン・ウィーク真っただ中。
           

          最悪だ。
           

          想像力を平気で捨て去れる人間共が好き勝手をやっている。
           

          まっとうに、渋滞の中、観光地に行く人はいる。


          楽しみ方を弁えているのなら、大いに楽しむことはいいことだろう。


           

          だが、近場で、『手軽』に『楽をしよう』とする輩が増えている。


          彼らの中に『モラル』や『マナー』という意識は存在しない。

           

          毎年、毎年、状況はどんどん悪化している。


          日々、色々大変なんだ。休みぐらい、好きにさせろ。とでも言いたいのか。



          だが、人の暮らしは千差万別。誰がどう。など、個人の中で断定出来ない。


           

          そこで、住宅街で『好き勝手』が出来る『バーベキュー人間』共だ。
           

          彼らに、『自分さえよければいい』という発想がなければ出来ない。
           

          彼らは、『他人がどう思うか』なんて想像力はどこかに捨て去っている。
           

          そこには、『みんなでやれば、怖くない』という集団心理も働く。
           

          自分がやっていることが『他人にとっては迷惑』という常識など、ない。


          どこからか車でやってきて、数十台、連なって『路駐』をしている。


          それだけでも、充分に迷惑な行為に違いないのに、公務員さんは知らん顔。



          警察も役所も無能なので、『そういう人間』は増殖をするばかり。

           

          世間でも、『もっと楽しめ』とばかりに無節操に囃している。
           

          やれそれ『楽しんだもん勝ち』と人から想像力を削いでいる。

           

          気温が上がって室温30度近い室内で、窓を閉め切っている。


          ただ、ただ『臭い』だけの彼らの行為が『不快』でしかない。


          更には、『たがを外した』人は、自分を制御する配慮もない。


          抑制をなくした人の声は、迷惑な『
          騒音』として神経を逆なでする。



          もしかしたら、その手の人間は他人の痛みなど判らないのではないか。



          本来、人は他人の痛みなど根本的に判らない。


          判らないからこそ、想像力を働かせて、あらゆる『想定』をするのではないか。



           

          何で、自分はこんなにイヤな思いをして『我慢』を続けるのだろう。


          何も起きなくても、暮らしていくので精一杯。


          精神的には、もう限界を越えてしまっている。



          このような『忍耐』をしいられている人は、人知れずたくさんいるだろう。


          世の中には、小さいけれど、とても重要な問題が山ほど埋もれているもの。


          でも、誰も『想像』などしないのだ。


          しないでもいい、との『危機感』さえ、捨ててしまえるのだから。



          でも、自分を見失わないように、発想を切り替えようとしている。


          虚しい『徒労』にも感じるが、『仕方ない』のだ。


          世間、社会、人間が、『自分本位』に加速しているのだ。


          自分の身は自分で守るしかない、と自助努力が必要になってくる。



          被災地で空き巣窃盗をするような戯けた輩がいる。


          彼らの中に『罪悪感』を持たないでいられる、という信じ難い事実。


          自分の安易な行動が『他人に迷惑を掛けている』という意味では違いはない。


          ことの重大さ、罪深さの差ころあれ、人は、そういう生き物になれるものだ。



          人は、存在するだけでも『他人に影響を及ぼす』ものだ。


          だからこそ、自分の行為、発想が『他人にどうような影響があるのか』との想像力が必要。


          その、『人と人が判り合えない中で、どう心を動かすか』という『想い』が大切になる。


           

          もはや、他人など『どうにも出来ない』のだ。

           

          人の中に『他人がどう想うかの想像力』が欠落してしまえば、お終いだ。


          自分の努力だけでは『どうにもならないこと』だらけなのが人間社会だ。


          人間様の『欲』による、『悪質』なものばかりが際立って見えてしまう。



           

          ボクは益々『人間が嫌い』になっていく。



          人間を嫌いになど、なりたくないのだが。


           



           

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          どんなに苦しかろうが、生きてやる

          2016.04.27 Wednesday 23:08
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            冷静。平常心。これを心掛けているのだが、


            実際は、苦しくて、苦しくて、たまらない。


            体も変だし、どこが、何が悪いのかも判らないまま。


            異常な倦怠感。筋肉の痛み。激しい耳鳴り。手先のしびれ。


            繰り返す下痢。突然襲い来る吐き気。



            夜も、眠剤など飲んでいないも同然に、神経がピリピリ。


            毎晩、毎晩、デジャヴュのように、眠れない。


            束の間、眠りに入ると、決まって凄まじい悪夢に襲われる。


            体は横たわりたいのだが、床に就くことを恐れている。




            こんな状態のまま、生きている実感もない。


            人に判ってもらおうとか、微塵も想わない。


            『もっと大変な人もいる』という、乱暴な精神論。



            頑張る、とか。


            いったい、これ以上、どう頑張ればいいのか。


            心も体も動かない中で、必死に頑張っている。



            それを努力と想ったら、報われることを望む。


            どんなに謙虚でいようとも、それはゼロではない。


            生きている、何かしらの成果、達成も得られない。



            ともあれ、苦しみは、どこにも行かないし、消えはしない。


            それでも、死にたいとは思わない。


            むしろ、この苦しみを克服して、生きてやる。



            まだ、やらなければいけないことがあるのだ。



            だが、無理をしている。



            無理をすることにも疲れてしまった。



            心も体も悲鳴をあげているのを見ない振りしている。



            心の中では『もうこれ以上はダメだ』と叫んでいる。









             

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            こんなに苦しくて、なんで生きている

            2016.03.01 Tuesday 03:06
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              頭全体で鳴り止まない耳鳴りに苦しめられ続けて3年以上も耐えている。



              それに連動して、他の病気もよくなる気配はない。



              毎晩、毎晩、睡眠障害で眠剤による僅かな眠りも凄まじい悪夢に占拠される。




              常に神経が張り詰めていて、眠剤も役を為さず、休息が取れない積み重ねだ。




              この丑三つ時は、いつも、いつも、こうやって闇の中、苦しみに耐えている。



              一日24時間の殆どを苦痛と不安に苛まれながら、日々が数珠つなぎに続く。



              こんなに苦しくて、ただ苦しみしかないのに、何で生きているのだろうか。




              我ながら、辛抱強いと関心する。



              日々の暮らしは、やることがいっぱいで、それでも先送りすることだらけ。



              問題は、山積するばかりで、考えたりしたら、もうイヤになるだけだ。




              こんなバカみたいな世の中で、独り、誰とも関わりもなく、なぜ生きる。





              なぜ、死ねないんだ。




              まあ、いずれ、死にたくなくても、死なざるを得ない時が来る。



              困窮で死ぬかもしれない。



              自ら餓死をするかもしれない。



              どのみち、いい死に方はしない、と想像する。




              それを想定しての『死の準備』は続けている。





              こうして、誰にも向けていない言葉も虚しく消えていく。



              ここ数年は、ほとんど誰とも会話をしていない。



              時々、自分が声を出しているのが異様に感じる。




              体も、心も、抱える苦しみが増しているのに。



              この瞬間も、鼓動に合わせて、激しい耳鳴りが『グワン、グワン』ウルサいのに。



              24時間、365日。すでに1000日以上、一瞬も鳴り止まないのに。



              自分の頭だから、首をかっ切って取り外すことも出来ないのに。



              気が狂わないまま、じっと耐えに耐えている。




              外では、荒れた風が吹き、色々な物音がしている。




              なんで、生きているんだ。




              なぜ、発狂もしないで、冷静に戯言を並べているんだ。




              こんな夜中に、自分がバカみたいだ。





               


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              憤怒、のやり方なし、なのだ

              2016.01.11 Monday 13:11
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                世の中は、『腑に落ちないこと』『納得の出来ないこと』などで満ち溢れている。



                はらわたの煮えくり返るようなことがあっても、それを処理する方法などはない。



                抱えてしまったなら、『それら』を自分の中で、どう捉え、どう昇華するか、だ。




                年が明けてからも色々と物事がうまくいかずに、挫けそうな自分がいて腹が立つ。



                常にイライラが止まらずに、3年以上止まない耳鳴りはより激しさを増すばかり。



                不意に、気が狂いそうになる。頭の中で常に『キーン、ジーン』と鳴り止まない。




                首から上を取り外して脳を洗浄したくなる。『雑音のない』自分を取り戻したい。



                それもこれも、自分で『憤怒』を抱えてしまっているからに他ならないのだろう。



                一度抱えてしまった『怒り』も『憤り』も、心から排除することは安易ではない。




                ポイ捨てされたゴミのように、それはいつまでも『そこ』から消えないまま、だ。



                やがて腐敗して、悪臭を放ったりもする。自分もそういうゴミを排出する人間だ。



                ある意味、『因果応報』なのかもしれない。とこうして、鎮静するよう促すのみ。




                人は、学習する生き物だとは驕りでもある。その証しが今の自分の生き方である。




                誰のせいでもない。そう、自分を納得させようとすれば、事は悪循環を繰り返す。




                そこに『無理』があれば無理なのだ。何度も学習している筈なのに愚かなり、だ。





                いい加減、耳鳴りはウンザリだ。生きた心地がしない。冷静になれる自分が謎だ。




                幾つ病院に行こうが、ネット検索しようが、耳鳴りに治療法ナシ。それが現実だ。




                これだけ医療が発達しようが、未解決なことがあるのは『ストレス=現代病』か。





                何もかもが空回りする中で、一筋の光明もない。だから、嘆いてなどいられない。





                寒い季節になると、無性にシナトラを聴きたくなる。特にバラードには癒される。







                音楽は素晴らしい。これをよく聴いていた二十歳の頃のままの風が、ボクを救う。







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                また、今日も生きるのである

                2015.12.11 Friday 06:16
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                  毎晩、夜中に耳鳴りが激しさを増す。闇の中で虚空を眺めながら、死にたくなる。



                  すでに3年以上も1秒も耳鳴りが止まない状態が続いている。まったく止まない。



                  電車を乗り継いで1時間半の、耳鼻科の総合病院で治療もやってみたのだが、だ。




                  往復3時間、混み合った病院で掛かる時間2時間近く。もう、そんな気力はない。



                  4ヶ月、治療を続けたが、多少緩和はしたようだが、完治には程遠かったのだし。



                  それ以外にも色々な病気を抱え、電車に乗ることすら困難になり、八方塞がりだ。




                  数ヶ月前から始まった体調不良も横這いで、体力もない。ストレス性免疫力低下。



                  これも総合病院で何度も色々な検査を繰り返し、具体的な病名が判明しなかった。



                  ただ『ストレス過多で自立神経が乱れ、免疫力が低下している』と言われてもだ。




                  確かに、凄まじいストレスで気が狂いそうだ。こうして冷静にしているのも修練。



                  もう、毎食の献立を考えることすら恐怖に感じる。献立なんてものじゃないけど。



                  母には栄養のバランスを考えないといけない。ボク自身もそれは同じことになる。




                  すでに2年以上は誰とも会話をしていない。母と以外は『事務的話』だけである。



                  夜中に苦しい時には独り言をブツブツ呟きながら、何かを紛らわそうとしている。



                  他愛ないことだ。他愛ないことを口にして、激しい耳鳴りと共に自分で聞くのだ。




                  だが、毎朝、絶望でいっぱいになった心の整理が必要だ。一つ一つゴミ箱にポイ。



                  なんてことが出来たなら、楽なのだが、生きることはそう簡単にはいかないもの。



                  日々、澱のように溜まる絶望を心の奥に仕舞い、どんどん自分を苦しめてもいる。




                  ついさっきまで、死にたかった。こうして言葉を文字にして自分と向き合うのだ。




                  それによって、残り僅かな力を自分の中で汲み上げ、また今日も生きるのである。




                  日々、苦しみしかなくても、生きている間は生き続ける。これのみを指針にする。





                  それにしても、テレビ・ラジオで『シェア、シェア』うるさい。これもストレス。



                  とここで声にしても、負け犬の遠吠えでしかない。テレビ・ラジオからも離脱だ。



                  閉鎖的文化は表現も『シェア』するのか。魂を揺さぶるものとの出逢いも希有だ。





                  今のボクの心に響くのは、こういう唄だ。『エリック・カズ』41年振りの新作。



                  ピアノやギターの弾き語りというシンプルさ故の力強さ。30分弱の濃密な世界。












                  43年前のデビュー・アルバム。この2年後一枚製作のみだが、普遍的魅力満載。







                  彼の才能は41年もの間眠っていたけれど、枯渇してはいなかった。熟成された。



                  売れるものがいいとは限らないし、いいから売れるとも限らない。それも商売だ。








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                  うまく息が出来ない、のなら

                  2015.12.06 Sunday 09:00
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                    努力は報われない。或は、努力が評価されたり報われるとは限らないのだ。



                    人は、よく『頑張れ』とか『努力しろ』とか、思慮もなく平気で口にする。



                    だが、実際には、『努力が報われる』なんて考えて生きてはいけないのだ。




                    人は凡そ、欲深い生き物なので、限りない欲が満たされないと不満を抱く。



                    努力が報われないと、自分の哀れを嘆き、それを他人や社会のせいにする。



                    かつて、今よりも更に愚かだった自分も散々とそれをしてきたから感じる。





                    ボクは今、絶望の中にいる。色々なことがうまく行かなくても生き続ける。



                    ポジティブという言葉は嫌いなので使わないが、項垂れないようにはする。



                    苦しみの中で、『もうこれ以上は無理だ』と言う自分がいるのは否めない。




                    枯れた土地を肥やすのは容易いことではない。地道に続けるしかないのだ。




                    昨今、『夢』だとか『奇跡』だとか、安っぽく言葉にした唄が街に流れる。



                    その『夢』や『奇跡』や『絆』が、叶わないと失望に変える身勝手な人間。



                    安易に叶う筈もなく、それを他人や社会のせいにして心をなくしてしまう。




                    心身のバランスを失い、身も心も自分のものではないようで息苦しいのだ。



                    もっと深く息をして、しっかり大地に足をつけたいのだが、息が出来ない。



                    ボクは、息が詰まりそうでも、それでも必至にそこからの脱却を諦めない。




                    人なんだもの、セックスがしたい。心を通わせ合えるような人肌が恋しい。



                    セックスは素晴らしい。人が人でいられる。心が温かくなる。欲でもある。



                    欲だけが絶望の中で蠢き、負の根絶を妨害している。すべては自分のせい。




                    自分を生きる狭い世界で育んだ、『心の愛』を惜しみなく誰かに捧げたい。




                    のに、自分は何も出来ないでいる。誰もいない。皆どこかへ消えてしまう。




                    何も期待してはいけない。目の前の道を歩くだけ。道がないなら切り開く。






                     
                    category:試練 | by:hallysmilecomments(2) | - | -

                    人として生きることが、怖い

                    2015.02.23 Monday 14:59
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                      人が怖い。



                      人の世が怖い。



                      生きることが怖い。



                      意識があることが怖い。




                      日々、その日を生きる抜くだけで、不安だらけ。



                      人として、誰とも何も関わりも持たない暮らし。



                      その自分が人として、自分を生きることが怖い。





                      怖いとは、『嫌悪』『拒絶』『不信』など『負』の要素。





                      出来ることなら、これらのすべてから逃れたい。




                      ただ苦しむだけの『生』には、何も見出せない。




                      つまり、この世から消えること。『死』が望ましい。







                      愚にもならない精神論では生活の維持など出来ない。






                      常に『死』と直面していると、人が怖くて堪らない。






                       


                      category:試練 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

                      矛盾との葛藤の中、答えはない

                      2014.12.27 Saturday 13:10
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                        もう、すべてに疲れ果てて、『人が嫌い』になりそうな自分がいる。



                        だが、そんな『自分も人』である『矛盾』と対峙を余儀なくされる。



                        そもそも、『矛盾』があって当然であり、『悩む』ことなどはない。




                        そう言っても、だ。のほほん、とお気楽にいられるか。いや、出来ない。




                        自分の中の矛盾と向き合いつつ、葛藤しつつ、苦しんでいる自分がいる。



                        それについての『答え』はないし、ましてや、『正解』などあり得ない。



                        じゃあ、『見ない振り』をして、それなりに生きればいいじゃないのか。




                        乱暴に言えば、誰もが『自分のことだけを考えている』、この年末年始。



                        忙しく、それでも『幸せ』な空気が充満している体は、否めないだろう。



                        それにも、拒絶してしまう自分の『心と体』をどうにかせねばいけない。




                        今日、今年最期の病院の診察を受けたが、結果は実に曖昧なものだった。



                        何も『答えが出ない』のだから、そこからは更なる『不安』が生まれる。



                        もう、いい。何も考えずに、生きるだけだ。この身を裂けば、血が出る。




                        出血死も、一つの選択肢だ。だが、長い時間『痛い』最期が相応しいか。



                        それを決断出来ない『弱い自分』がいる。自ら『殺人』をしたくはない。



                        自分を自分で殺すのは、『命に対する冒涜』にも思える。避けたいこと。




                        この世、人の世。その中で、『憤り』や『不安』しかないのなら、どう。



                        我慢や辛抱しかない暮らしの中で、『希望』を見出せるなど、キレイ事。



                        そもそも、生きていること自体が謎なのだから、考えないでいたいのだ。




                        だが、生きている限り、『考えない』など少なくとも自分には出来ない。



                        いつでも『どうすれば、より良くなるだろうか』と模索を続けてしまう。



                        それをしなくなったのなら、もう『生きること』さえ、意味がなくなる。




                        なぜ、人は争うのか。なぜ、人は抗うのか。なぜ、人は人が愛しいのか。




                        実際に、人が恋しい。同じ空間で、何も話さなくても存在を感じること。




                        別に、何かを望んだりする必要などない。笑顔で向き合えるならいいと。






                        ところが他人と向き合うことなく、自己対峙の時間の中で、葛藤は続く。










                         
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