手のつけようのない、散乱したゴミ

2016.05.13 Friday 15:02
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    溜まりに溜まって、溢れたゴミの山を引っくり返してしまったみたいだ。
     

    今まで生きてきた中で、捨てられなかったゴミは想像以上に溜まっていた。
     

    つい、よろけて、足を引っ掛けて、心の中のゴミを散乱させてしまった。

     

    はてさて、どうしたものか。
     

    気のせいにしてしまおうか。
     

    いや、気のせいなんかには出来ない。

     

    実際、身動きが取れないではないか。
     

    身も心も疲れ果てて、そのゴミの中に埋もれているのだ。


    埃やカビの匂いにも似て、むせ返りながらも、動けない。



     

    生きていれば、そりゃ、色々ある。
     

    凡その人は、面倒な煩いと折り合いをつけて、何とか生きているだろう。
     

    それでもない人も、いるかもしれない。

     

    だが、所詮、他人のことなど想像の範疇を越えない。
     

    あらゆる想像をして、あらゆる想定をして、
     

    人の心に寄り添うよう努めて生きていても、
     

    人のことが判らない時はあるし、実際に判ることはない。
     


    同じように、自分自身のことも、誰にも判らない。
     

    それはとっくに認識しているつもりだ。
     

    判ってほしい、なんて都合のいいことは、すでに求めていない。

     

    だが、何だろう。このモヤモヤは。
     

    自分が溜め込んだ人生のゴミの中で身動きも出来ずにいる。
     

    苦しいのに、その苦しさからの解放手段もさっぱり見当たらない。



    一気に崩れ落ちた瞬間に、虚脱して、何もかもが色褪せて見える。

     

    誤摩化し、繕い、日々を無為に消化しているだけのように感じる。
     

    神経は摩耗し続け、体力は衰え続け、生物として、老化つ続ける。

     

    とりあえずは、散乱したゴミを一つ一つ丁寧に処分するしかない。
     

    適当にやり過ごせば、ゴミの山は更に大きな塊になるだけなのだ。


    ここで、諦めるか。否か。自分を活かすも殺すも自分次第なのだ。



    納得の出来ないこと。承服しかねること。そんなもの腐る程ある。


    それに気を取られている内は、事は悪い方にしか行かないものだ。


    何の為に生きているか。なんて考えたら、自分もゴミになるだけ。




     

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    幻の中の、ポール・マッカートニー

    2016.05.12 Thursday 19:49
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      もう、一年以上も経ってしまったんだな。早い。早過ぎる。
       

      昨年の、4月27日。
       

      ボクは、東京ドームでポール・マッカートニーのライブを体験したはずだ。


       

      覇気のない、小学生だったボクを最初に奮い立たせてくれた。
       

      それが、ビートルズであり、ポール・マッカートニーだった。
       

      小学6年の時に知り合いの所で初めてアルバイトをして、
       

      そのお給金すべてをビートルズのレコードに注ぎ込んだ。

       

      ウィングスの『ヴィーナス&マース』を最初に新譜として買った。
       

      土曜の午后、電車に乗って山野楽器まで買いに行った。
       

      予約特典がたくさんついていたからだ。

       

      あの頃は、土曜も午前中だけ学校があった。いわゆる半ドンだ。
       

      昼過ぎの空いた電車のシートに座って、ワクワクしていた。
       

      大きなレコードと特典を抱えて、家に買えるなり、広げた。

       

      それから、ポールの来日を心待ちにして、夢に観ていた。
       

      が、実際は、入国不可。来日即、逮捕。
       

      当時の彼は、まだ大麻の常習者だった。



      まさに、悪夢だった。


      ライブ・チケットの買い方も知らなかったのに。

       

      泣いたね。一日中、彼のレコードを聴きながら。

       

      あれから数十年。
       

      ポールが頻繁に来日するようになった頃にはボクは病気で苦しんでいた。
       

      映画館にも35年行って(行けて)いない。
       

      大人数や前後両隣を人に囲まれれ、身動きがし難い状態。
       

      不安障害による、急激な下痢や吐き気に襲われるからだ。
       

      観に行きたいのに、楽しみたいのに、出来ない自分が悔しかった。

       

      そして、ようやくここ数年、何とか無理をすれば行けるようになった。
       

      友人に誘われ、何度かライブにも行ったが、楽しむまでには至らない。


      それなりに高額な金を払って、楽しめずにただ苦しみに耐えるだけだ。


       

      だが、高齢のポールはもう観られないかもしれない、と一念発起した。
       

      相当気合い入れても、一昨年の来日の際にはチケットが買えなかった。
       

      高額な転売にも手を出しそうになったが、結局、急病で中止になった。

       

      そこで、昨年は、体調の悪い中、覚悟を決め、チケットを手に入れた。
       

      それでも、やっと手にしたチケットは、東京ドームの2階の端っこだ。
       

      夢にまで観たポールのライブだ。席が取れたなら、行くしかないのだ。

       

      だが、ボクは一人でライブに行くのは30年振りだった。
       

      数日前から緊張で、下痢や吐き気が続いた。
       

      当日も安定剤を通常の3倍も飲んで行った。

       

      ので、ライブが始まる頃には、意識は朦朧としていた。
       

      念願の生のポールは、豆粒みたいで、爆音だけが響く。
       

      2階席端では、ステージとの間にホームラン・ポール。

       

      大型ヴィジョンのステージ映像も切れ切れに観える。
       

      途中、何曲か、記憶にない。
       

      モヤモヤのまま、夢にまで観たポールのライブは終わった。



      東京ドームを出る時の、風圧で外に押し出される。


       

      まさに、夢の中で『幻想』を観ているようだった。
       

      生きるための、楽しみさえも、まともに出来ない。
       

      ボクがあの日、ポールのライブ会場にいたのは確かだ。
       

      でも、ボクの記憶の中では、『確か』だとは言えない。



      至福の楽しみさえも、『楽しめない』自分を確認した。



      ただ、デジカメに『確かに』数枚の写真が残っていた。



      ボクが、そこで、何かを体験したことには間違いないのだろう。


       















      もう、余程のことがない限り、ボクは何かを楽しもうと思わない。




       

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      痛い

      2016.05.10 Tuesday 13:36
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        痛い。
         

        心が痛い。
         

        のたうち回っても。
         

        体を横たえても。
         

        どうにもならない。

         

        もう30年も過ぎたというのに。
         

        あの日、あの時。
         

        負った傷が痛む。



        家族にも、その傷に塩をぬられ。


        友人にも、その傷に塩をぬられ。


        塞がらない、じゅくじゅくした。


         

        その傷を守りながら。
         

        あらゆる防御をしながら。
         

        生きていたというのに。

         

        日々の蓄積ですっかり疲れてしまった。
         

        心の問題ではない。
         

        心は、充分に『この痛み』に耐えてきた。
         

        自分を殺さずに、活かし続けてくれた。
         

        なのに、今、自分の無能さに項垂れる。



        でも、自分を守るのは、自分しかいないのだ。



        誰も、いない。


         

        少しでも、ほんの少しでも。
         

        この痛みが和らいでくれたら。
         

        まだ生きていける。



         

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        心の傷

        2016.05.07 Saturday 19:50
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          心の傷は、一生、癒えることはない。
           

          体の傷のように、自ら治癒はしない。
           

          心の、傷は、いつまでも疼いている。

           

          体の皮膚が塞がるようにはならない。
           

          開いたまま、『痛い』まま、なのだ。


          その痛みに、『慣れ』があるだけだ。


           

          なので、ちょっとした、ありきたりの言葉でも、塩になる。
           

          傷口に塗り込まれば、『滲みる』のだ。
           

          そして、酷く『疼く』のだ。

           

          それを人は、どれくらい知っているのだろう。
           

          小さな傷なら、それを補って余りあるだろう。
           

          でも、大きな傷は、どうにも補いようがない。
           

          パックリと開いた心は、元には戻れないのだ。

           

          いつまでも、どこまでも、その傷を背負うことになる。
           

          ボクの心に出来た傷は、今も、いつでも、疼いている。
           

          それに耐え得るよう、精神を鍛えてはいる。
           

          だが、所詮は、その場凌ぎに過ぎないのだ。
           

          背負った心の傷は、自分で守り続けるのみ。



          人はそれを『甘え』だとかも平気で言える。


           

          だから、人には優しくありたいと想うのだ。
           

          それで、見返りを求めたりはしない。
           

          自分を判って欲しいなんて想わない。

           

          それは、『何も望まない』ということ。
           

          心に『癒えることのない傷』を抱えた。
           

          その『宿命』とうまく付き合っていく。
           

          それだけが、生きることに繋がるのだ。


          命は、常に『何か』を求めているのだ。



          望まないことと求めることが、心の傷で鬩ぎあっている。



          だから、生きることが修練になり、それに終わりはない。




           

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          想像力を捨て去れる、人間たち

          2016.05.04 Wednesday 12:53
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            魔のゴールデン・ウィーク真っただ中。
             

            最悪だ。
             

            想像力を平気で捨て去れる人間共が好き勝手をやっている。
             

            まっとうに、渋滞の中、観光地に行く人はいる。


            楽しみ方を弁えているのなら、大いに楽しむことはいいことだろう。


             

            だが、近場で、『手軽』に『楽をしよう』とする輩が増えている。


            彼らの中に『モラル』や『マナー』という意識は存在しない。

             

            毎年、毎年、状況はどんどん悪化している。


            日々、色々大変なんだ。休みぐらい、好きにさせろ。とでも言いたいのか。



            だが、人の暮らしは千差万別。誰がどう。など、個人の中で断定出来ない。


             

            そこで、住宅街で『好き勝手』が出来る『バーベキュー人間』共だ。
             

            彼らに、『自分さえよければいい』という発想がなければ出来ない。
             

            彼らは、『他人がどう思うか』なんて想像力はどこかに捨て去っている。
             

            そこには、『みんなでやれば、怖くない』という集団心理も働く。
             

            自分がやっていることが『他人にとっては迷惑』という常識など、ない。


            どこからか車でやってきて、数十台、連なって『路駐』をしている。


            それだけでも、充分に迷惑な行為に違いないのに、公務員さんは知らん顔。



            警察も役所も無能なので、『そういう人間』は増殖をするばかり。

             

            世間でも、『もっと楽しめ』とばかりに無節操に囃している。
             

            やれそれ『楽しんだもん勝ち』と人から想像力を削いでいる。

             

            気温が上がって室温30度近い室内で、窓を閉め切っている。


            ただ、ただ『臭い』だけの彼らの行為が『不快』でしかない。


            更には、『たがを外した』人は、自分を制御する配慮もない。


            抑制をなくした人の声は、迷惑な『
            騒音』として神経を逆なでする。



            もしかしたら、その手の人間は他人の痛みなど判らないのではないか。



            本来、人は他人の痛みなど根本的に判らない。


            判らないからこそ、想像力を働かせて、あらゆる『想定』をするのではないか。



             

            何で、自分はこんなにイヤな思いをして『我慢』を続けるのだろう。


            何も起きなくても、暮らしていくので精一杯。


            精神的には、もう限界を越えてしまっている。



            このような『忍耐』をしいられている人は、人知れずたくさんいるだろう。


            世の中には、小さいけれど、とても重要な問題が山ほど埋もれているもの。


            でも、誰も『想像』などしないのだ。


            しないでもいい、との『危機感』さえ、捨ててしまえるのだから。



            でも、自分を見失わないように、発想を切り替えようとしている。


            虚しい『徒労』にも感じるが、『仕方ない』のだ。


            世間、社会、人間が、『自分本位』に加速しているのだ。


            自分の身は自分で守るしかない、と自助努力が必要になってくる。



            被災地で空き巣窃盗をするような戯けた輩がいる。


            彼らの中に『罪悪感』を持たないでいられる、という信じ難い事実。


            自分の安易な行動が『他人に迷惑を掛けている』という意味では違いはない。


            ことの重大さ、罪深さの差ころあれ、人は、そういう生き物になれるものだ。



            人は、存在するだけでも『他人に影響を及ぼす』ものだ。


            だからこそ、自分の行為、発想が『他人にどうような影響があるのか』との想像力が必要。


            その、『人と人が判り合えない中で、どう心を動かすか』という『想い』が大切になる。


             

            もはや、他人など『どうにも出来ない』のだ。

             

            人の中に『他人がどう想うかの想像力』が欠落してしまえば、お終いだ。


            自分の努力だけでは『どうにもならないこと』だらけなのが人間社会だ。


            人間様の『欲』による、『悪質』なものばかりが際立って見えてしまう。



             

            ボクは益々『人間が嫌い』になっていく。



            人間を嫌いになど、なりたくないのだが。


             



             

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            どんなに苦しかろうが、生きてやる

            2016.04.27 Wednesday 23:08
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              冷静。平常心。これを心掛けているのだが、


              実際は、苦しくて、苦しくて、たまらない。


              体も変だし、どこが、何が悪いのかも判らないまま。


              異常な倦怠感。筋肉の痛み。激しい耳鳴り。手先のしびれ。


              繰り返す下痢。突然襲い来る吐き気。



              夜も、眠剤など飲んでいないも同然に、神経がピリピリ。


              毎晩、毎晩、デジャヴュのように、眠れない。


              束の間、眠りに入ると、決まって凄まじい悪夢に襲われる。


              体は横たわりたいのだが、床に就くことを恐れている。




              こんな状態のまま、生きている実感もない。


              人に判ってもらおうとか、微塵も想わない。


              『もっと大変な人もいる』という、乱暴な精神論。



              頑張る、とか。


              いったい、これ以上、どう頑張ればいいのか。


              心も体も動かない中で、必死に頑張っている。



              それを努力と想ったら、報われることを望む。


              どんなに謙虚でいようとも、それはゼロではない。


              生きている、何かしらの成果、達成も得られない。



              ともあれ、苦しみは、どこにも行かないし、消えはしない。


              それでも、死にたいとは思わない。


              むしろ、この苦しみを克服して、生きてやる。



              まだ、やらなければいけないことがあるのだ。



              だが、無理をしている。



              無理をすることにも疲れてしまった。



              心も体も悲鳴をあげているのを見ない振りしている。



              心の中では『もうこれ以上はダメだ』と叫んでいる。









               

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              こんなに苦しくて、なんで生きている

              2016.03.01 Tuesday 03:06
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                頭全体で鳴り止まない耳鳴りに苦しめられ続けて3年以上も耐えている。



                それに連動して、他の病気もよくなる気配はない。



                毎晩、毎晩、睡眠障害で眠剤による僅かな眠りも凄まじい悪夢に占拠される。




                常に神経が張り詰めていて、眠剤も役を為さず、休息が取れない積み重ねだ。




                この丑三つ時は、いつも、いつも、こうやって闇の中、苦しみに耐えている。



                一日24時間の殆どを苦痛と不安に苛まれながら、日々が数珠つなぎに続く。



                こんなに苦しくて、ただ苦しみしかないのに、何で生きているのだろうか。




                我ながら、辛抱強いと関心する。



                日々の暮らしは、やることがいっぱいで、それでも先送りすることだらけ。



                問題は、山積するばかりで、考えたりしたら、もうイヤになるだけだ。




                こんなバカみたいな世の中で、独り、誰とも関わりもなく、なぜ生きる。





                なぜ、死ねないんだ。




                まあ、いずれ、死にたくなくても、死なざるを得ない時が来る。



                困窮で死ぬかもしれない。



                自ら餓死をするかもしれない。



                どのみち、いい死に方はしない、と想像する。




                それを想定しての『死の準備』は続けている。





                こうして、誰にも向けていない言葉も虚しく消えていく。



                ここ数年は、ほとんど誰とも会話をしていない。



                時々、自分が声を出しているのが異様に感じる。




                体も、心も、抱える苦しみが増しているのに。



                この瞬間も、鼓動に合わせて、激しい耳鳴りが『グワン、グワン』ウルサいのに。



                24時間、365日。すでに1000日以上、一瞬も鳴り止まないのに。



                自分の頭だから、首をかっ切って取り外すことも出来ないのに。



                気が狂わないまま、じっと耐えに耐えている。




                外では、荒れた風が吹き、色々な物音がしている。




                なんで、生きているんだ。




                なぜ、発狂もしないで、冷静に戯言を並べているんだ。




                こんな夜中に、自分がバカみたいだ。





                 


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                憤怒、のやり方なし、なのだ

                2016.01.11 Monday 13:11
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                  世の中は、『腑に落ちないこと』『納得の出来ないこと』などで満ち溢れている。



                  はらわたの煮えくり返るようなことがあっても、それを処理する方法などはない。



                  抱えてしまったなら、『それら』を自分の中で、どう捉え、どう昇華するか、だ。




                  年が明けてからも色々と物事がうまくいかずに、挫けそうな自分がいて腹が立つ。



                  常にイライラが止まらずに、3年以上止まない耳鳴りはより激しさを増すばかり。



                  不意に、気が狂いそうになる。頭の中で常に『キーン、ジーン』と鳴り止まない。




                  首から上を取り外して脳を洗浄したくなる。『雑音のない』自分を取り戻したい。



                  それもこれも、自分で『憤怒』を抱えてしまっているからに他ならないのだろう。



                  一度抱えてしまった『怒り』も『憤り』も、心から排除することは安易ではない。




                  ポイ捨てされたゴミのように、それはいつまでも『そこ』から消えないまま、だ。



                  やがて腐敗して、悪臭を放ったりもする。自分もそういうゴミを排出する人間だ。



                  ある意味、『因果応報』なのかもしれない。とこうして、鎮静するよう促すのみ。




                  人は、学習する生き物だとは驕りでもある。その証しが今の自分の生き方である。




                  誰のせいでもない。そう、自分を納得させようとすれば、事は悪循環を繰り返す。




                  そこに『無理』があれば無理なのだ。何度も学習している筈なのに愚かなり、だ。





                  いい加減、耳鳴りはウンザリだ。生きた心地がしない。冷静になれる自分が謎だ。




                  幾つ病院に行こうが、ネット検索しようが、耳鳴りに治療法ナシ。それが現実だ。




                  これだけ医療が発達しようが、未解決なことがあるのは『ストレス=現代病』か。





                  何もかもが空回りする中で、一筋の光明もない。だから、嘆いてなどいられない。





                  寒い季節になると、無性にシナトラを聴きたくなる。特にバラードには癒される。







                  音楽は素晴らしい。これをよく聴いていた二十歳の頃のままの風が、ボクを救う。







                  category:試練 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

                  また、今日も生きるのである

                  2015.12.11 Friday 06:16
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                    毎晩、夜中に耳鳴りが激しさを増す。闇の中で虚空を眺めながら、死にたくなる。



                    すでに3年以上も1秒も耳鳴りが止まない状態が続いている。まったく止まない。



                    電車を乗り継いで1時間半の、耳鼻科の総合病院で治療もやってみたのだが、だ。




                    往復3時間、混み合った病院で掛かる時間2時間近く。もう、そんな気力はない。



                    4ヶ月、治療を続けたが、多少緩和はしたようだが、完治には程遠かったのだし。



                    それ以外にも色々な病気を抱え、電車に乗ることすら困難になり、八方塞がりだ。




                    数ヶ月前から始まった体調不良も横這いで、体力もない。ストレス性免疫力低下。



                    これも総合病院で何度も色々な検査を繰り返し、具体的な病名が判明しなかった。



                    ただ『ストレス過多で自立神経が乱れ、免疫力が低下している』と言われてもだ。




                    確かに、凄まじいストレスで気が狂いそうだ。こうして冷静にしているのも修練。



                    もう、毎食の献立を考えることすら恐怖に感じる。献立なんてものじゃないけど。



                    母には栄養のバランスを考えないといけない。ボク自身もそれは同じことになる。




                    すでに2年以上は誰とも会話をしていない。母と以外は『事務的話』だけである。



                    夜中に苦しい時には独り言をブツブツ呟きながら、何かを紛らわそうとしている。



                    他愛ないことだ。他愛ないことを口にして、激しい耳鳴りと共に自分で聞くのだ。




                    だが、毎朝、絶望でいっぱいになった心の整理が必要だ。一つ一つゴミ箱にポイ。



                    なんてことが出来たなら、楽なのだが、生きることはそう簡単にはいかないもの。



                    日々、澱のように溜まる絶望を心の奥に仕舞い、どんどん自分を苦しめてもいる。




                    ついさっきまで、死にたかった。こうして言葉を文字にして自分と向き合うのだ。




                    それによって、残り僅かな力を自分の中で汲み上げ、また今日も生きるのである。




                    日々、苦しみしかなくても、生きている間は生き続ける。これのみを指針にする。





                    それにしても、テレビ・ラジオで『シェア、シェア』うるさい。これもストレス。



                    とここで声にしても、負け犬の遠吠えでしかない。テレビ・ラジオからも離脱だ。



                    閉鎖的文化は表現も『シェア』するのか。魂を揺さぶるものとの出逢いも希有だ。





                    今のボクの心に響くのは、こういう唄だ。『エリック・カズ』41年振りの新作。



                    ピアノやギターの弾き語りというシンプルさ故の力強さ。30分弱の濃密な世界。












                    43年前のデビュー・アルバム。この2年後一枚製作のみだが、普遍的魅力満載。







                    彼の才能は41年もの間眠っていたけれど、枯渇してはいなかった。熟成された。



                    売れるものがいいとは限らないし、いいから売れるとも限らない。それも商売だ。








                    category:試練 | by:hallysmilecomments(0) | - | -

                    うまく息が出来ない、のなら

                    2015.12.06 Sunday 09:00
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                      努力は報われない。或は、努力が評価されたり報われるとは限らないのだ。



                      人は、よく『頑張れ』とか『努力しろ』とか、思慮もなく平気で口にする。



                      だが、実際には、『努力が報われる』なんて考えて生きてはいけないのだ。




                      人は凡そ、欲深い生き物なので、限りない欲が満たされないと不満を抱く。



                      努力が報われないと、自分の哀れを嘆き、それを他人や社会のせいにする。



                      かつて、今よりも更に愚かだった自分も散々とそれをしてきたから感じる。





                      ボクは今、絶望の中にいる。色々なことがうまく行かなくても生き続ける。



                      ポジティブという言葉は嫌いなので使わないが、項垂れないようにはする。



                      苦しみの中で、『もうこれ以上は無理だ』と言う自分がいるのは否めない。




                      枯れた土地を肥やすのは容易いことではない。地道に続けるしかないのだ。




                      昨今、『夢』だとか『奇跡』だとか、安っぽく言葉にした唄が街に流れる。



                      その『夢』や『奇跡』や『絆』が、叶わないと失望に変える身勝手な人間。



                      安易に叶う筈もなく、それを他人や社会のせいにして心をなくしてしまう。




                      心身のバランスを失い、身も心も自分のものではないようで息苦しいのだ。



                      もっと深く息をして、しっかり大地に足をつけたいのだが、息が出来ない。



                      ボクは、息が詰まりそうでも、それでも必至にそこからの脱却を諦めない。




                      人なんだもの、セックスがしたい。心を通わせ合えるような人肌が恋しい。



                      セックスは素晴らしい。人が人でいられる。心が温かくなる。欲でもある。



                      欲だけが絶望の中で蠢き、負の根絶を妨害している。すべては自分のせい。




                      自分を生きる狭い世界で育んだ、『心の愛』を惜しみなく誰かに捧げたい。




                      のに、自分は何も出来ないでいる。誰もいない。皆どこかへ消えてしまう。




                      何も期待してはいけない。目の前の道を歩くだけ。道がないなら切り開く。






                       
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